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Re: ロンリー・ジャッジーロ 第一章① ( No.10 )
日時: 2010/08/06 16:01
名前: こたつとみかん (ID: eMnrlUZ4)
参照: 牛乳プリンはプレーンで!

第一章『愚かなる花』②

 ヴィ・シュヌール中央地区、西通り。ここは食物売買の露店や店が立ち並ぶ商店街のような所だ。人通りがとても多いぶん、比較的強盗などの被害が少ない。あくまで、比較的にだが。
 この時間帯は夕飯の買い出しなどで、特に人が多い。香ばしい食材の香りが、店先や露店から漂ってくる。アイリスとニーベルは店先に並んでいる数々の食材を見たり、手にとって選んでいる。
「いつ来ても、この時間帯のここは良い所だな」
 アイリスは手に持っている大きなオレンジを指でこすりながら言う。
「大通りはあんなに荒れてたって言うのに」
 ニーベルは、その隣で口に人差し指を当てながら新鮮な生肉を見ている。
「本当だね。……このお肉、美味しそうだなぁ……。……あ、でも、アイリってお肉駄目なんだっけ」
 アイリスは手に持っていた大きなオレンジを積まれていたワゴンの中に戻した。
「いや、食べられないわけじゃないよ。ただ、量が多いと、少し……」
「そうなんだ。じゃあ、少しだけ買って行こう。……あの、これ、二百グラム、ください……」
 注文するときはアイリスとの会話より少し気弱そうに、というか、緊張気味にニーベルは言った。ニーベルはアイリス以外には人見知りが激しい。アイリスと一緒にいないと、他人との会話もままならない。
 その店の店主は一言「八百五十ダルズだよ」と言い、注文された肉を布にくるんでニーベルに渡した。その際にニーベルは桃色の財布から五百ダルズ硬貨一枚と、百ダルズ硬貨三枚と、五十ダルズ硬貨一枚を取り出し、店主に肉と引き換えに渡した。
 その店を後にすると、ニーベルは肉を買ったものが入っている手提げ袋の中に入れ、中の物を確認した。
「……このくらいでいいかな。あんまり買い過ぎると、余らせちゃうし」
「そうだな。帰ろうか、ベル」
 西通りを歩いていると、不意にニーベルが口を開いた。
「そういえば、アイリって今日も便利屋の仕事で魔導を使わなかったよね。何で?」
 魔導と言うのは、生物が持つ生命エネルギーの形質を変え、その一部を体内から切り離し、様々な能力に変換させることだ。しかし、一個体の生物がもつ生命エネルギーの量などたかが知れているため、そのごく僅かを変換させる際にそれは消失してしまう。そのために先程の怪物、スルトのような神々の残留魔力の一部が自律したエネルギー体となった精霊種と人間が契約して使役することによって、切り離したごく僅かな生命エネルギーの量を精霊種の持つ魔力で質量を増やしてそれを実現する。精霊と契約した人間には、それぞれに『魔力回路』と呼ばれる紋章のようなものが身体のどこかに現れるようになる。アイリスには左腕に双子葉類の葉脈のような魔力回路が、ニーベルには首筋に鳥の羽のような魔力回路がある。
 「私は、あまり魔導を使いたくないんだ。使うと、あんな姿になるから……」
 アイリスは特異体質で、魔導を魔力回路に通して使用すると、身体にとある変化が現れるようになる。アイリス自身は、それが気に入ってないようだ。
 それを聞いて、ニーベルは少し申し訳なさそうに俯いた。
 「ご、ごめん。私、嫌いだなんて、知らなくて……」
 二人の間に、沈黙となにやら気まずい雰囲気が流れる。
 その沈黙を保ったまま歩いていると、不意に、ニーベルに人がぶつかった。重い買い物袋を持っていたニーベルはしりもちをつき、袋の中の物を、バケツをひっくり返したかのように勢いよく四散させた。
「い、痛ぁぁ……」
「ベル。大丈夫か? ……あ、卵が……」
 しりもちをついたニーベルをアイリスが助け起こす。買い物袋から飛び出した卵が割れ、土の地面を卵黄で黄色く染める。
 ぶつかった相手はというと、そっちも注意をこちらに向けていなかったせいか、ニーベルと同じようにしりもちをついていた。それを、隣にいた女中服を着ていた金髪の、綺麗な女性が助け起こした。
「若。御無事ですか?」
「ああ……」
 不機嫌そうに助け起こされたのは、藍色の少し長い髪と灰色の目が印象的で、その少し長い前髪を右側の片方の目を隠すように寄せている髪形の少年だった。背丈はニーベルより少し低いくらい。服装はワイシャツにリボン、短い丈の黒いスラックスに白ソックスと、いかにも上流階級出身の「お坊っちゃん」にしか見えない。
 その少年は服の汚れを手で払い、アイリスたちを睨み、ぶつかったことによる不満をぶつけた。
「おい、アイリス・フーリー・テンペスタ、ニーベル・ティー・サンゴルド。貴様ら、この僕とぶつかって服を汚しておいて、何も言わないとはどういうことだ」
 少年は二人の名前を知っているように口に出した。それもそのはずで、アイリスたちもこの少年を知っている。
 この少年の名はニコ・ザンティ・ネバートデッド。ヴィシュヌール南地区の丘の上の大屋敷に住んでいる十一歳の主で「貴族気取り」だ。本来ネバートデッド家というと、古代から伝わる貴族なのだが、今の時代そのような階級などあっても意味がない。だが、慣れた生活をそう簡単に変えることは出来ず、今でも偉そうな態度で過ごしている。
 ニコの隣に立っている、女中服の綺麗な女性がその従者、レイジーだ。彼女はいつでもニコに付き従い、その世話役になっている。レイジーはアイリスと目が合い、にっこりと笑った。そして、申し訳なさそうに言う。
「こんにちは。アイリスさん、ニーベルさん。それと、ごめんなさいね。割れた卵は弁償しますから」
「あ、どうも……」「こここ、こんにちは……」と、アイリスとニーベル。
 アイリスたちとニコたちは、アイリスたちが便利屋を始める前からの知り合いで、特にアイリスとニコは犬と猿のように仲が悪い。レイジーとはそうでもないのだが。ちなみに、今のニコたちはアイリスたちと同じ便利屋だ。今の時代、貴族が職業に入るわけがないので。
「レイジー。こんな奴らに買ってやる必要は無い。行くぞ」
 苛立ちのこもった声でニコが言う。それに連鎖するように、今度はアイリスが苛立った。通ろうとするニコを、妨害して前に立った。
「……何だよ」
「……別に」
二人の間に険悪なムードが流れようとした最中、急に、この先にある広場から、大きな音が聞こえた。地面を砕くような音が、遠くにいるアイリスたちのまとう大気すらも揺らす。
 二人は同時に音の方向を見て、ほぼ同時にそこへ走り出した。
「ア、 アイリ! 待ってよぉ!」
「お、お待ちください、若!」
 ニーベルとレイジーは落とした荷物を慌てて拾い、二人の後を追っていった。