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Re: ロンリー・ジャッジーロ 第三章-8 ( No.100 )
日時: 2010/10/26 19:36
名前: こたつとみかん ◆KgP8oz7Dk2 (ID: wJzAqpnE)
参照: 百ゲットー。…虚しい。

第三章『鐘の戯言、菖蒲の羞恥』⑨

 ニーベルの心の内で“何か”が起こっていることを認識できない男性たちは、容赦も躊躇もなく一斉に銃の引き金を引く。先刻ジェイルが受けたものと同じ発砲音がした。
 銃口から放たれた銃弾は直線軌道を描き、真っ直ぐにニーベルの身体に向かっていき、その小柄な身体を貫こうとしたが、
「ひひ……」
下卑た笑い声が、ニーベルの小さな口から漏れた。
 銃弾はニーベルの身体から十数センチ離れたところで止まった。止まったといっても運動が停止したわけではなく、それらの推進力の源となっている螺旋状の回転はそのまま残っていて、“何か”の力で止められているように感じ取れる、不思議な現象だった。
 ニーベルが俯いたまま左手の人差し指を立て、その開いたスペースで親指と中指の先を合わせて勢いをつけて弾く。乾いた音が合図だったのか空中で直進運動を止めていた銃弾は来た道を戻るように跳ね返っていき、大口径の自動拳銃を持った男性を除くその後ろにいた身なりのいい男性たちの身体を貫いた。
 男性たちの血液が空を舞い、雪と絡み合うように降る様子を見て、ニーベルが更に笑う。
「くひひひひ……あっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃァァ…………!」
 聞く者全てを不愉快にさせる笑い声がようやく止んだとき、ニーベルの髪の毛が明らかに不自然に、されど違和感を感じさせないほど滑らかに変化した。
 この頃、まだ六歳のニーベルの髪型は薄い緑色のショートといったところだが、変化したそれは地面に付くほど長くなり、髪色も薄い緑色から鮮血を思わせる赤色に変わる。淡い青色の瞳も輝く黄金色に塗りつぶされていた。
 赤色の長髪、黄金色の瞳という要素を抜けばニーベルと瓜二つなその少女が顔を上げる。普段喜怒哀楽の乏しいニーベルとは正反対に彼女は両の口角を大きく吊り上げ、愉快そうに笑いながら自分自身の身体を確かめるように眺めた後、片方の手のひらで顔を押さえ、もうひとつの手のひらで腹を押さえて高笑いしながらその身体を後方に反らせた。
「愉快! 痛快! なんて奇怪……! 最っ高じゃあ、この身体! 溢れて止まらない魔力! 魔力! 魔力! 下等な精霊なんかよりよっぽど質のいい魔力を持ってる、こんな逸材に降りることが出来た妾は幸運というべきものであろう! まさに奇跡じゃ! そう、これを奇跡と呼ばずして何て呼ぶじゃ……!」
 大口径の自動拳銃を持った男性は、今のニーベルがニーベルではなくなっていることを理解していた。
 精霊が“降りた”のだと。
 人間が精霊の力を借りるため使役する方法は全部で三つある。
ひとつは精霊自身を力ないしは他の方法で説得させ、精霊の意志によって体内にそのまま取り込む“協定”という方法だ。これは精霊の力の大半を手に入れられる上、精霊そのものの具現化さえも可能に出来て便利である反面、取り込む力が大きすぎる故に何らかの副作用が発生したりする。さらに、人間より自分が格上だと認識している精霊を説得するのは容易でないため、このやり方で精霊を手に入れた人間は本当にごく稀である。
 ひとつは精霊の肉体、思考を形作る“核”に宿る魔力を体内に流し込み、人間の身体に存在する魔力回路に通わせる“結合”という方法だ。これは全世界で最も多く採用されている方法で、ある程度の素養がある人間なら誰でも可能である。しかし核にはそれほどまでの魔力が宿されておらず、協定と比べて手に入れられる魔力は大幅に減少する。
 ひとつは精霊が人間の身体を意志の否応なしに乗っ取り、意識と共にその身体を我が物にする“憑依”と呼ばれる方法だ。これについては魔導の研究家たちも「使役している」と認識していいのかと頭を悩ませている問題で、何せ人間ではなく精霊が人間を「使役している」といったほうがしっくりくるからである。ただ憑依される人間には共通点があり、それはいずれも特殊な魔力の持ち主だということ。一度憑依されたら最後、精霊が自らの意志でその身体を出るまで解放されることのないことだ。故に一部の人間はこの方法をこう呼ぶ。
 ——“呪い”と。
 男性が今から相手にするのは「更なる力を宿した精霊」といっても変わりのない存在だ。それはそこいらの魔窟にいる魔物などとは比較にならない存在で、普通ならば逃げるのが利口なのだが、子供を取り戻すという使命感に囚われた大口径の自動拳銃を持った男性は違った。
 彼は怯えた様子のまま両手で大口径の自動拳銃を握り、照準をニーベルだった少女の額に合わせる。しかしそれがぴったりと動かずに合うわけがなく、撃っても当たるはずがないだろうと思わせるくらいに震えていた。
 やがてニーベルだった少女は後ろに反らせていた体を元に戻すと同時に、広げた両手を伸ばして男性に向けた。
 ぎちぎちぎちという吐き気がするような擬音で男性の両腕は右腕は小指から時計回りに、左手は小指から反時計回りに捻じれていき、
「あああアアアアああアァァァ……!」
そして、千切れた。
 ニーベルだった少女はそれを見て楽しそうに笑い、裂けるように口角が反りあがった口から詠唱の言葉を紡ぎだす。
「Hey! What’re you doing? You don’t know that I was saying “Don’t play hard to get”! Come on hurry if you understand! Hurry! Hurry! Hurry! Hurry……!(ねえ! 何をしているの? “焦らさないで”って言ってるのが判らないの? 判ったなら早く来なさいよ! 早く! 早く! 早く! 早く……!)」
 ニーベルだった少女が使用した詠唱は古代共通語だった。それは現代の共通語と違い、神々が創り出した言葉に最も近いものであり、神々が使用していた強力な魔導の発現するのにとても有効な手立てである。
 本来精霊が魔導を使用するとき、人間が詠唱を必要として発現させる魔導程度ならば瞬きひとつでそれを可能にして見せるが、如何せんいくら意識が精霊のものだといってもそれで動かす肉体が人間のままではそれをした瞬間、多大な魔力の放出によって肉体は壊れてしまう。
 ニーベルだった少女が右手を、大口径の自動拳銃を持っていた男性に向ける。
 刹那、男性の足元が一瞬翠色に輝き、幾重にも交わる翠色の細い閃光が男性の身体を斬り裂いた。男性の身体は“吹き荒れる虚空の疾風”という魔導によって両手の指では数えられないほどに分解され、ぼとり、ぼとりと鈍い音を立てながら男性の肉片は地に落ちる。
 ニーベルだった少女はその中のひとつ、臓物が少ない部分を選んで広い、自分の口より少し上に離れたところに持ってきた。そしてそれから零れ落ちる血液を、彼女は舌を伸ばして受け取った。むせ返りそうな臭いと喉に絡みつくそれは吐き気がするほど気持ちの悪いものであったが、アドレナリンが絶えず分泌されている彼女の脳は「美味」と感じてしまっている。