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Re: ロンリー・ジャッジーロ 第三章-8 ( No.101 )
日時: 2010/10/26 19:38
名前: こたつとみかん ◆KgP8oz7Dk2 (ID: wJzAqpnE)
参照: 百ゲットー。…虚しい。

 彼女がそれに夢中になっていると、急に何かが目の前に映る自分の前髪を右から左へ掠めていった。銃弾に似ていたが、火薬の臭いがしないため似て非なるものと判断して視線を右へ向けた。
「“憑依”……か……」
 向けた視線の先にいたそれは、ニーベルだった少女を見てそう言葉を発しながら悔しそうに歯を噛み締める。
 そこにいたのは、だいぶ前に“家族”が助けた少年とはまた違った身なりのいい少年だった。見た目から推測する年齢は十歳の前半で、藍色の髪の毛を片方に寄せて右目を隠すような髪形と灰色の瞳が印象的だった。その隣には女中服を来た若くて綺麗な女性が立っていて、左の捲り上げられた袖から覗く、肉片を無理やり針と糸で縫い合わせたような腕を伸ばしてその先をニーベルだった少女へ向けていた。
 血液を飲み下すことを妨害されたニーベルだった少女は、殺意の含んだ瞳で彼らを睨み付ける。
「不快! 不愉快! なんて無粋……! 汝らのせいで興が削がれたわ! 特に汝……、」
 女中服を着た女性を指差し、続ける。
「人間に屈したくせに、なんで精霊(わらわ)へ、この、ユノ様に歯向かってきたのかのう! ああもう不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快不快イィィィィィ…………! 責任、取ってもらおうぞ……!」
 ニーベルだった少女——ユノは修羅を連想させるほどの殺気を纏い、女中服の女性に向かって走り出しながらも詠唱をし始めた。
「Are you ready? I don’t want your answer! I’m a star! Let’s time to hunt the mob……!(準備はいいかしら? 答えは聞いてないわ! 主役は私! さあ、烏合の衆の狩りの時間よ……!)」
 両腕の外側から、“風切羽”と呼ばれる鳥の羽のような魔導の刃が発生する。それは手の先とは反対方向へ伸び、盾と剣の機能を同時にこなすような武装となった。
 女中服の女性は一度少年の方へ目をやって彼が頷いたのを確認すると、ユノへ向けていた腕の指、親指を人差し指の内側の腹に引っ掛けて親指の上に視認不可な小石を置く。丁度コインを指で弾くような構えに似ていたが、それの力の向きは前方、つまりユノへ掛かっている。
 女中服の女性が勢いよく指を弾く。ユノは常に身体全体を覆う広さの風障壁を展開していて、彼女に対する物理攻撃は大抵、肌に触れる前に空中に止められて飛ばされるようになっている。それが展開されていることでユノは油断をしていたが、不意に額へ硬いものがぶつかるのを感じた。走っていた方向とは真逆に掛かる力だったので、ユノは後方に大きくのけぞり倒れそうになったが、寸前で受身を取って着地した。
「くぅ……、癪な真似を……!」
 女中服の女性が放ったのは“指弾”と呼ばれる、指を銃代わりに物体を発射する芸当だ。練習すれば誰でも出来るものだが、彼女の細い腕ではあの威力は普通出すことは容易でない。ユノが展開している風障壁は貫通性の高い狙撃銃ですら止めてしまう代物だが、それを身体がのけぞってしまうほどの相当な威力を残して貫通してきたということは、彼女の放った指弾が生身の人間を死に至らしめる威力だということを証明している。
 ユノが体勢を整え、再び特攻する間に女中服の女性は装填を完了していた。先程の指弾で風障壁は破られているため、もう一度障壁を張らなくてはならないが、明らかに間に合うはずがない。張り終わるころには、ユノの頭には風穴が開いていることだろう。
 しかしユノは焦ることもせずに風切羽のついた右腕を前方に突き出す。するとその腕についていた羽の数枚が腕から離れ、落ちていく枯葉のように空中へ投げ出された。
 放たれる指弾。それは先刻ユノがばら撒いた羽の数枚を次々と貫通していき、少々威力を抑えられながら彼女を襲う。左腕に残された風切羽を盾に、右腕を添えて防御体勢をとって指弾に立ち向かった。華奢な足で踏ん張り、歯を食いしばって耐えているユノの口からやせ我慢ともとれる言葉が漏れる。
「大したことのない……。それに、防げないなら……、」
 ユノが左手を振りぬく。
「押し返せば、いいのじゃ……!」
 やっとの思いで押し返した指弾には致死性を残さないほど勢いを失っていたが、それでも威力は相当だ。
 女中服の女性は指弾が自分の身に戻って来たことに驚きつつも、何とかそれを避けようと身をよじったが間に合わず、左肩に当たってしまった。痛みは左肩を中心に、全身を音をも超える速さで駆け巡り、彼女の運動神経を少しの間麻痺させた。
 ユノはそれを好機と判断すると、余裕を見せつつも全力で倒しに来るという決意の眼で睨んだ。
「ちょっと本気出すかのう……!」
 そう怒鳴るとユノの周りの空間が鳴動し、周囲にいる人間の本能に「危険」と感じさせるほどの殺気を放った。
「Shut up! I don’t want you! I dislike everything! I obstinately refused. That’s why don’t come here! Dislike! Hate! Detest……!(黙って! 貴方なんか望んでない! もう何もかも嫌い! 拒絶してるんだから来ないでよ! 嫌! 嫌! 嫌ぁぁ……!)」
 詠唱が終わると同時に女中服の女性を中心に、半径一メートル程だろうか氷で造られた格子の檻のような物体が彼女を閉じ込めた。それは彼女の頭上で連結し、鳥かごを思い起こさせるような形となる。檻の隙間が銀色に光り、ひとつひとつの隙間には氷で形成された鳥が登場し、檻の中の獲物を食い千切ろうとする機会を今か今かと眼を光らせて狙っていた。
 ユノが指を鳴らした。“荒々しき水鳥の監獄”という魔導が女中服の女性の四肢を食い千切るべく、甲高い鳴き声と共に彼女を襲った。がりっ、ぐしゃっ、などといった不快な擬音を響かせている光景をユノは楽しそうな表情で眺め、止めを刺すべく左手に残った風切羽に更なる風(ヴァーユ)の魔力を込めて鋭利さを高め、一直線に女中服の女性に歩き出した。
 一歩。また一歩と速度を速めながらユノは近づいていく。獲物の息の根を止めようとしている肉食動物のように目を光らせ、数歩進んだところで彼女は前方に跳んだ。そして風切羽の付いている左手を後ろに引き、女中服の女性を閉じ込めている荒々しき水鳥の監獄もろとも破壊するようにそれを突き出した。
響く破砕音。舞い散る水蒸気。放たれたそれは監獄をばらばらに砕きこみ、確かな手応えをユノに与え、彼女を最高の快感へと導いた。
「くひひひひ……、ざまぁないのじゃ。調子が悪かったなら言ってもいいのじゃぞ? ……聞かないがな」
 そういはねってユノは風切羽を解除してつきだした左腕を引こうとしたが、如何せん何かに引っかかって抜けなかった。疑問に思って強く力を込めて引き抜こうとするがそれでも叶わなかった。
 次第に視界の妨げになっていた水蒸気が晴れていき、引き抜けない原因がユノの視界に映るようになった。