ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ロンリー・ジャッジーロ 第三章-9 ( No.103 )
- 日時: 2010/10/26 19:40
- 名前: こたつとみかん ◆KgP8oz7Dk2 (ID: wJzAqpnE)
- 参照: テスト? なにそれおいしいの?
第三章『鐘の戯言、菖蒲の羞恥』⑩
——パーティの時間だ。そういった意味の古代共通語を唱え、ニコが自分の精霊の名前を呼んだ瞬間、彼とその周囲の空気が膨らんだビニール風船が破裂するような音と共に弾け飛んだ。この意味は半分文字通り、半分比喩表現であり、ニコの身体から魔力が水蒸気のように放出されて霧となって目視を困難とさせていた。
これらが意味すること。それはニコの身体には常人では有り得ない量の魔力を溜めていることで、ユノは自身が憑依している少女と同等またはそれ以上の魔力を保持している人間を目の当たりにし、驚愕と焦燥が隠せない表情をした。
ニコの契約精霊、アリスはオックスフォードのフォリイ・ブリッジとゴットストウの間にある、テムズ川の岸にあるウサギの穴から入ることのできる古代国イギリスの地下王国である不思議の国や、同じくオックスフォードのクライスト・チャーチ学寮の学寮長の居間にある鏡から入ることのできる鏡の国などを、BR・千九百六十年代(BRはラグナロク以前の年号。古代でいう西暦で、この場合は西暦千九百六十年代)に訪れた少女である。その紀行文とも思しき物語は、古代の作家ルイス・キャロルの児童文学“不思議の国のアリス”、“鏡の国のアリス”として有名だろう。また、ジョン・テニエルによる挿絵は、その旅先の様子を克明に書き出している。
したがってこの精霊の名前は“アリス”であるが、ニコは名前の前に「クレイジードール」と言っていた。これは“二つ名”と呼ばれている。
精霊とは様々な名前、形質、種類で存在し、それぞれ同じ種類もいたりしているが、そうはいっても魔力など個々の差がある。これらを分別するとしたら、この世界にありふれている種類の者を“通常種”、種類自体があまり多くない者は“希少種”、元々の魔力が膨大で討伐が容易ではない者は“危険種”と呼ばれる。中でも特に魔力の量や質が優れている固体には、“特異種”とされ二つ名が付けられる。例を挙げれば“アース”が討伐したアザ・ガウストの“死骸龍”やベルゼブブの“粒子の黒蝿”などがある。その名前が付けられる意味は「接触禁止」とされ、魔物討伐を専門としている便利屋でも近づくのを拒絶してしまう。ユノは精霊の中でも希少種、そして危険種と言われているが二つ名を持つほどではなく、特異種を自らの契約精霊としている人間を目の前にして、無意識に恐怖を感じてしまった。
「毎度のことだが……、この霧は何とかならないのか? 正直鬱陶しくて敵わない」
霧の中から声が聞こえる。聞くところニコの声だが、心なしか声が低く聞こえた。そしてそれを振り払いながら出てくるニコの姿を見ると、ユノは自分の目を疑った。
藍色の髪の毛、灰色の瞳、そこにいる少年をニコと断定するには十分な要素であったが、ただひとつ本人か疑うものがあった。それは見た目の年齢。先刻までの彼は大体十歳前半の身体年齢だったが、今は違う。ニーベルの、今はユノだが、“家族”の最長年齢と同じくらいの身体年齢で、魔力開放で何故こうなったのか不思議でならなかった。
「何故身体年齢が変わったのかとでも言いたげだな」
ユノは顔にでも出てしまったのだろうかと己を恥じた。
図星を突いたと確信したとニコは軽く笑って続ける。
「僕のアリス……、レイジーと呼んでいるが、彼女とは協定で使役しているからな。その副作用で魔力開放していない間は身体年齢が契約時から変わらないんだ」
ユノの目は見開かれ、開いた口は閉じること忘れていた。——嘘じゃ。何故。特異種なのに。協定で使役なんて。その気になれば契約している人間を殺せるのに。妾たちが恐れるくらいの存在なのに。何て、何て何てイレギュラー。狂ってる。正気の沙汰じゃない。嫌じゃ。勝てるわけがない。こんなのに……!
ニコの後ろからレイジーが優雅に笑って出てくる。無数の腕は元に収まっており、見かけは人間と変わらない姿になっていた。
「あら? ニコは何で残念そうなのかしら。戦闘するとき以外は主従関係なんて無茶振りされて、ふざけんなと言いたいのはこっちなのよ?」
少々怒気のこもった口調に焦りを感じたニコはひとつ咳払いをして誤魔化す。その様子を見てからレイジーはユノを一瞥し、挑発的に笑う。
「はじめまして、自意識過剰のお嬢さん。特異種、二つ名は“クレイジードール”のアリスで御座いまーす。ク“レイジー”ドールだからレイジーね。以後、お見知り置きをっ!」
レイジーの自己紹介を見て、見られないようにため息をついていたニコは懐から一本の短い棒のようなものを取り出した。それは両刃のナイフだったがお世辞にも機能的とはいえない物で、戦闘ではなく儀式などに使われるように宝石細工がされてあった。
ひどく遅い動作であったがユノにとっては恐怖のほかの何者でもなく、その一挙一動にびくりと驚いては震えていた。