ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ロンリー・ジャッジーロ 第三章-9 ( No.104 )
- 日時: 2010/10/26 19:41
- 名前: こたつとみかん ◆KgP8oz7Dk2 (ID: wJzAqpnE)
- 参照: テスト? なにそれおいしいの?
ニコは闇(エレボス)の魔力も持っている。故に特殊な反応が身体に現れていて、彼の右目は光のない黒色に染まり、あれでは見えているのかわからない様子だった。しかしそれだけではなく、その目は“魔力回路の位置”を見ることができる能力を持つ。そして右手に持っているナイフの名称は“聖槍ロンギヌス”。神をも殺す槍という意味のとおり、それは人を生かし魔力を殺す効果を秘めている。儀式によって施された呪術は、半端な神では防ぐことはできない。それの残留魔力である精霊なら尚更だ。
「憑依されるほどの希少な魔力を殺すのは気が引けるな。……だが、そうも言ってられない」
ニコが独り言を言ったこのとき、ユノの中にはある葛藤が生まれていた。
この身体とプライドを捨て、生き延びる道を選ぶか。それとも、特異な魔力の身体に頼って決死の特攻をする道を選ぶか。迷う時間など最初からなかったが、ユノには希少種、更には危険種としてのプライドが決断の妨げとなっている。
無論だが思考というものは表に出さなければ伝わるはずがなく、ニコはお構いなしに地面を踏みしめてユノに近づく。
「い、嫌……。来るな……、こないでぇ……!」
逃げると決断しても、身体全体が震えるほどの恐怖で駆動の仕方も忘れ、「意識と身体を切り離す」という造作もないことすら出来なくなっていた。
そしてユノが死の覚悟をした瞬間、彼女の中で“何か”が発生した。それは物体に染み込んだ液体のようにじわじわと彼女を侵食していく。この感覚は最初ニーベルが感じたものと同様で、あの時は結果ニーベルがユノとなってしまったが、今回はその逆となる。つまり、ユノがニーベルとなる訳だ。
ユノは自分がやったことを覚えてないほど頭の足りない精霊ではない。故にこれから起こる現象も理解してしまっている。そして、ニコが殺しに来るという恐怖を凌駕するそれが胃の腑から吐き気、そして吐しゃ物と共に湧き上がった。それは不自然なことでもなく、何故ならまだ希望がある状態での窮地より、希望の欠片すらなく現在進行で「死んでいる」ことを理解しながら死んでいく絶体絶命の状況の方が酷であるというのは火を見るより明らかだろう。
普通の人間なら、後者の状態に立たされてどういった反応をすれば自然といえるだろうか。——まず、正気を保てるはずもない。
ユノは苦しそうに胃液、そして消化物を地面に撒き散らせる。落ちた部分の雪は溶け、その水分が悪臭と共に空気中に舞い上がって消えていく。そして掴み所を求めるように両手は引っかくようにのど元を押さえて地面に膝をついた後、奇声のような悲鳴を上げてのた打ち回り始める。
ニコはユノの様子に不振に思う。レイジーもまた然りで、突然の異変に理解と順応が出来ずに困惑していた。——否、驚愕していた。それもそうで、今ユノの身に起こっていることを知ることは出来ないからだ。
しばらく時間がたった。ユノがやがて悲鳴を上げながらのた打ち回るのを止めると、地面に伏せた状態のままピクリとも動かなくなってしまった。ニコとレイジーは一瞬死んでしまったのかと思ったが、そうではなかった。
ニーベルがユノになったときと同じように、髪の毛が薄緑のショートヘアが赤色のロングストレートになったときと同じように、違和感を感じさせないほど滑らかに、戻った。
ユノがニーベルから出て行った。恐らく端から見ればそう考えるのが妥当かもしれない。しかし現実は違う。はっきりと、ニーベルの首筋には羽の形をした魔力回路が現れていたのだから。勿論、このときニコはそのことには気がついていない。人が変わったようなあの反応に疑問は残るが、とりあえずは何とかなったというのがニコの結論だった。
「“Command”……It is“Withdraw”」
魔力開放を解除し、少年の身体に戻った後、落ち着いた雰囲気の中、ニコは今になって周りを見渡して現状を確認した。最初はただ少女に降りた精霊のせいでの現状かと判断していたが、動かない屍の数々にある銃弾の跡、身なりのいい男性たちが持っている銃器でそれは一転した。
「こいつらが貧民街の人間を殺戮したあと、運悪く……いや、この少女にとってはある意味運良くだな。ユノとかいう精霊が降り、逆に殺されたということか。同情は一切する必要はないが……」
ニコはそこで言葉を止めた。不思議に思ったレイジーは「ニコ?」と声を掛ける。彼は目を伏せながら「今は“若”だろう」と軽くたしなめたあと、
「負の連鎖は……続くものなんだよな」
白い息を吹いて雪の降る灰色の空を仰いだ。