ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: ソリトゥーディネ・ジャッジーロ 4−1 ( No.112 )
日時: 2011/01/11 20:56
名前: こたつとみかん ◆KgP8oz7Dk2 (ID: GLKB1AEG)
参照: 地元の有り得ない積雪量に驚いた。

第四章『魔書館の司書』①

 午前八時、窓から差し込む朝の光を受けて目が覚める。
 春先の陽気は快く、そのままうとうと二度寝へと洒落込みたくなるような気持ちよさだ。——ああ、もう少しだけ……。そんな思いがベッドの中の銀髪の少女——アイリス・フーリー・テンペスタの脳内を満たしていた。窓の外から聞こえる小鳥たちのさえずりをバックグラウンドミュージックに、再び意識を眠りへと誘おうとするとき、
「はい、そこまでー。戻ってきてアイリ」
すでに起床していた気弱そうな少女——ニーベル・ティー・サンゴルドがアイリスの掛け布団を引っぺがすことによって、現実に意識を強制的に戻された。
 アイリスが眠たそうに目をこすりながら上体を起こす。まだ意識が覚醒し切れていない彼女をニーベルは叱りつけた。
「駄目だよ。二度寝なんかしちゃったら、お昼まで起きて来ないんだから。今日はリースちゃんとマリアちゃんのところに行くんだよね? だったら尚更起きなきゃ」
 ——そう、だった……。先日関わった、大きな鞄を持った小柄な少女——リース・エルナート・ペルーペスから頼まれたこと、「家を探してほしい」という要望を元にそのあてである知人を訪ねる予定が今日にはあった。
 知人の名前はマリア・エル・アマリア。ヴィ・シュヌール中央地区で王立図書館の司書をしている女性だ。司書と言えば聞こえはいいが、誰も利用することもない廃れた図書館に住み着き、勝手に管理しているだけであるため、厳密には司書ではなくただの居候だ。ただ何の酔狂かそこにある本を読破し、場所も記憶していることから彼女を知る者は彼女を“司書”と呼ぶ。
 彼女の特徴としては、身体的には肩に掛かる程度の薄い金色の髪の毛、燃えるような真紅の瞳が目立っている。精神的には基本的に無感動であることが特徴らしい。しかし、小さな子供に対してはまるで別人のような笑顔を見せるというのもそれのひとつだ。
 そして何より、国内有数の“神鬼導”を使用する人間であることが有名だ。どこで覚えたのか、誰に教わったのかは本人が頑なに言うことをしないので未だに謎らしい。
 そういう人物であったことを虚ろな目をしたまま思い返していると、こつんと杖で頭を小突かれた。軽く叩かれたくらいでも、意識を現に戻すのには十分な衝撃だ。——おかげで、目が覚めた。
「ほら、顔を洗って早く朝ごはん食べよ? リースちゃんはもう食べてるよ」
 ニーベルが笑顔でそう言い、部屋を去ってゆく。
「んん……」
 アイリスは大きく伸びをして全身に血を廻らせ、意識を確実なものへと持っていった


 居間へ出ると、リースが黙々と朝ごはんにかぶりついていた。その頬は冬に備える小動物のように膨れていて、一目見たアイリスは思わず吹き出してしまった。
 声を聞き、アイリスの存在に気がついたリースは自分の様子とアイリスの反応を交互に眺め、やがて理解すると彼女は顔を茹で上がった蛸のように赤く染めてあたふたと忙しく手を動かし始める。すると不意に彼女の動きが止まり、何事かとアイリスは思うと、リースの顔が見る見るうちに青ざめていくのを目で確認した。
 ——危ない。アイリスは即座に行動に移した。
 アイリスは身近にあったグラスを手に取り、保存庫の中にある水をそれに流し込んでリースに手渡した。無駄のない動きのおかげでリースは九死に一生を得たようで、それを口の中に注ぎ込んで喉に詰まらせていたものを苦労して飲み込み、それから大きく息を吐いて呼吸を整える。荒い呼吸が、彼女の危機がどんなものであったかを悟らせた。
「だ、大丈夫?」
 身を心配されたリースは恥ずかしいのかどうなのか、目を合わせられないままアイリスに答える。
「ウチは……大丈夫ですぅ。……ごめんなさい」
「や、謝る必要はないって言うか……」
 未だ二人の間はギクシャクとしたもので、決して打ち解けているものではなかった。しかし、それはお互いを警戒、または嫌悪しているからでではない。
 アイリスは気を許さない限りフレンドリーに接することの出来ない性質、百歩譲った言い方をすれば極度の人見知りということだ。対するリースは他人に迷惑を掛けることを恥と思う考え方で、不本意とはいえ今に至るまでさまざまなトラブルにアイリスを巻き込んでしまい、彼女が自分に悪い感情を抱いているのではないかと思って恐縮してしまっているのだ。
 アイリスはリースの隣の椅子を引き、そこに自分の腰を落ち着ける。それからニーベルが用意してくれている朝食をちびりちびりと食べ始めた。
 ——沈黙が痛いし……。早く戻ってきてニーベル……! リースには感づかせないように平静を装っているが、内心はこのように相当焦っていた。——誰か、誰か、誰か、誰か。誰でも良いからこの空気をどうにかして……。
 アイリスの願いも空しくそれから数十分、チクタクという時計の秒針が進む音以外聞こえない空間のなか、二人は黙々と朝食を食べ続けていた。
「何で、助けてくれるんですかぁ……?」
 真っ黒な画用紙に一滴落とされた白色のインクのように、唐突にリースが口を開いた。その
質問にアイリスは困惑する。どう対応していいのか判らないでいるのだ。
「何でって言われても、」
「私とアイリスさんは初対面のはずですぅ。本来、私から頼んだのでこういうことは言っちゃいけないのは判っていますけど、ここは無法の国なんですよぉ? 今思い返したら、こんなこと思っちゃって……」
 アイリスの返答を待たずにリースは自分の意見を述べた。自らの行動を省みて、この国の常識では真っ先に疑問に思われることだ。
 その問いかけにアイリスは言葉を詰まらせたが、やがて顔を上げて口を開く。このときお互いの顔は見ておらず、まっすぐ前を向いていた。
「私だって、昨日が何もない日常だったら絶対にリースを助けてないと思うよ」
「だったら」
「でも、」
 アイリスがリースの言葉を遮断して続ける。
「結局私は君を助けて、今も私は君を手伝おうとしてる。それだけでいいんじゃないかな? 物事が良い方向へ進んでいれば、理由なんていらないよ」
 そのとき、窓から入ってきた強い風が二人のいる空間を勢いよく通り抜けた。食器は鳴り、家具は揺れ、お互いの髪の毛はそれによって乱れる。数秒間、時は進んでいたが、二人にとっては楽譜に記された休符のような間であった。
「そう、ですねぇ……」
 しばらくして、リースが口を開く。声そのものは小さかったが、それに込められている感情ははっきりと判るほど明るいものだった。
「ありがとうございますぅ。何かウチ、変なこと言ってましたねぇ。……ごめんなさい、無かったことにしてください」
 そう言って彼女は照れ笑いする。妥協に似てはいるが、彼女は自分の中で答えを出して前向きにことを進めようとしている。——やっと笑ってくれた。これ以上何か言うのは野暮かな。話題、変えようか。
「よし、じゃあそろそろ行こう。善は急げって言うしね」
「あ、閃きました!」
 リースが素っ頓狂な声をあげた。明らかに会話がかみ合っていない。
 アイリスが怪訝な、そして呆れた表情で彼女を見る。
「な、何が……?」
「アイリスさん、女性と男性で話し方が違うですぅ!」
「うん、行こう?」


「じゃあこれ、ヴィルくんから受け取った高周波斧だよ」
 出掛け間際、ニーベルがそう言ってアイリスに手渡した。
 渡されたそれは修理前と形状が異なっており、ただ鈍重そうだった外見がやや細身に、そして短くなっている。全体的な形としては、上から下まであまり目立った凹凸がないシンプルなもので、斧といわれるとつい首を捻りたくなるような形だった。しかもそれには刃と呼ばれる部分がなく、打撃にしか利用できそうになかった。その外見どおり持ってみると、以前に比べて軽くとても扱いやすく感じたが、鈍重さを利用して戦うのが当たり前だったアイリスにとってはやや不安を感じた。
 その表情を読み取ったニーベルは、待ってましたと言わんばかりに強気な表情で笑みを作る。擬声語を加えるなら、「ふんッ」という猛々しい鼻息が似合いそうな表情だ。言っておくとこの表情を見れたリースは、例えるなら道端でたまたま数十年に一度しか咲かない花を見つけることが出来たくらいに幸運であった。普段強気なアイリスが弱気になるとたまにこうなるが、アイリス自信が弱気になることは今までほとんどない。
「そう思ってヴィルくんがメモをくれました」
「それってベルが思わなくてももらってたんじゃない?」
「……うん」
 ——あ、目を逸らした。
 咳払いをして、再びニーベルがメモの内容を言い始めた。
「ええと、『“高周波斧ドライヴ式改良機”もとい、“神狼の鋭爪(フェンリル・ピック)”の使用法及び注意事項』」
 段落が下がったのか、ニーベルは瞳をやや下へ下げて続ける。
「『“神狼の鋭爪”は以前の高周波斧の素材を元に、先日破壊した例の魔物の部品を加え、その上から土(タイタン)の魔力を込めて鋳造した魔力の概念武装である。これの概念は硬度となっており、重量に関わらずダイヤモンド以上のそれとなる。形状こそは貧弱だが、それは持ち運びの際に出来るだけコンパクトになるように考慮されていることを予め述べておく』」
「……確かに、動くとき便利かも」
「『戦闘時は柄の先を捻ることで折りたたまれている刀身がスイッチする仕組みとなっている。注意してほしいのは、下手に触るといとも容易く指が切り落とされるのが必至な切れ味であり、切り替える際は厳重な注意を払ってほしい』」
 ニーベルが一息つく。
「『“神狼の鋭爪”の特異な点としては武装自体に魔力回路に類似したものが通っており、魔力を表面に乗せることしか出来なかったものが、内側に魔力を込めることが可能となった。それによる効果の例としては、量を調節することによってそれの重量を自在に操作できるようになるのがひとつ。多く込めれば重くなり、少なくすれば通常の重量に戻る仕組みだ』」
「す、凄いですぅ……」
「『加えて、蓄積した魔力の放出も可能であり、“神狼の鋭爪”が高周波の振動を起こしたときに発動する。高周波発生装置は以前と変わらないので安心してほしい。——最後になるが、それを安易に人を殺める道具としないでほしい。あと、修理の際はいつでもこのヴィルバーによろしくっス!』……だって」
「へえ……いい加減な奴かと思ってたけど、案外気を使ってくれたんだな。……愛の力ってすばらしい、ね」
 アイリスにとっては他愛のない台詞であったに違いない。ニーベルも当事者だったので意味を理解していることだろう。だが、そのことを知るよしもないリースは彼女の言葉に絶句した。
「え……? アイリスさん……、まさか……?」
 その反応にアイリスは彼女以上の驚きを見せた。怒りか羞恥か、おそらく前者が強いだろうと頬を朱に染め、リースに対して反論する。声も裏返るほどの動揺ぶりだ。
「ちがっ、その、違うから! ほら、あれ! あのドレスっぽい服を着てた朱雀門の店員! あの娘との関係っ!」
「えっ? するってことは、同姓の方との……?」
「違うったらぁ——————!」