ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ソリトゥーディネ・ジャッジーロ 4−2 ( No.113 )
- 日時: 2011/01/19 20:02
- 名前: こたつとみかん ◆KgP8oz7Dk2 (ID: EUHPG/g9)
- 参照: 地元の有り得ない積雪量に驚いた。
第四章『魔書館の司書』②
ヴィ・シュヌール中央地区。午前中ということもあり、あまり人通りの少ない道をアイリスとリースは並んで歩いていた。今朝のことで打ち解け始めた二人は会話をしながら例の図書館へと向かっているが、会話の内容はアイリスの誤解についての説明とリースの質問とのやり取りが主である。
「……というと、店員さん——アイビーさんとヴィルバーさんの関係という意味で言ってたんですかぁ」
「最初からそう言ってるはずだけど」
ようやく納得してもらえて安堵したいアイリスだが、それよりもそこにたどり着くまでの苦労にうんざりして、ため息のほうが先に出てしまっていた。
そうやり取りしている間に気づかず、いつの間にか目的地に到着してしまっていたようだ。——会話で時を忘れるなんていつぶりかな。しかも、ベル以外となんて初めてだよ。アイリスは改めて、このような交友関係も悪くないと自分を省みていた。——変に壁を作っていた自分が馬鹿みたいだ。
「着いたよ。ここが例の王立図書館、君の新しい家になるところ」
「あ、はい! ありがとうございましたっ!」
ここで別れて家に戻るのも選択肢だが、どうせなら挨拶がてらよっていこうと彼女は思い、一緒に中へ入ろうと扉に近づこうとしたとき——、
不意に、轟音が耳元を高速で通り過ぎていった。
その音はばごんっ、と大きく破裂するようなもので、無意識に耳を塞ごうとするほど耳障りだった。それに加え、音と共に実体のある物体も通っていったのを確認した。若干聞き覚えのあるような声もあったような気がしたのは、このときはまだ気にしていなかった。
「小癪なぁっ……!」
通り過ぎた物体が起き上がり、吹き飛んだことを悔やんでその手に持っている武装を構えなおした。曇りひとつとない美しい刀身——神刀だ。これだけでも判断材料として十分だったが、ダメ押しのように物体がもつ清潔感のある黒色の短髪も目に入る。
「黒峰……?」
昨日アイリスの家で夕飯を食べていった黒峰が何故かここにいた。アイリスは疑問に思って彼に声を掛けるが聞こえていないようで、武装を構えて再び図書館内へと消えていった。普段の様子なら苦笑のひとつでもありそうだが、今回は勝手が違うようで、心なしか黒峰がその神刀に殺意を乗せていることを感じ取りアイリスも目の色を変えた。——普通じゃない。彼女は真相を確かめるべく追うように図書館に走っていった。
「ど、どうしたんですかぁアイリスさん!」
図書館の中心の、少し開けたところに男は立っていた。
殺気を刃に込め、命を貪ろうとするかのごとく黒峰は袈裟にその刃を男へ振り下ろす。
奔らせる、と言った方が良いかもしれない。それだけ彼の放つ斬撃は鋭利だった。ごおっ、といった豪の力を感じさせる音でもなく、ひゅんっ、といった疾風のような音でもない。形容することが困難なもので、ただ対象を例外なく斬り捨てると確信させられる音を神刀が奏でていた。
切っ先と刃が捕らえるは男の右首筋。奔るそれは一切の狂いや振動もなくそこへ向かってゆく——が、
「ふッ」
男は力を入れるために小さく息を吹き、自らの首筋を裂こうとするそれに立ち向かうべく左手に逆手で持っていたものを振り上げた。
それは特に目立つところが何もない、ただ黒い金属の棍棒のようなものだった。
火花が散るほどの衝撃によって発生した耳障りな金属音が一帯を包む。
黒峰の放った斬撃は男が持ち上げたそれ——武器であろうものによって防がれる。
何よりも切れ味を特化させて造られた神刀を防ぐほどの硬度、それは男の武器であろうものが十中八九魔力と共に鋳造された金属で造られた武器——概念武装であることを物語っていた。
跳ね飛ばされて仰け反ってしまいそうな状況の中、黒峰は即座に判断して衝撃から数秒使えそうにない右手に握られている神刀をなんとか手放し、自由な左手でもう一度男に斬り込んだ。
男もただ突っ立っているはずがない。彼は黒峰の斬撃が来る位置にあわせるように自分の武器を振るう。
数回、十数回と火花を散らし合わせた後、男は初めて自分から黒峰に向かって棍棒を振るった。リズムを狂わされ一瞬戸惑った黒峰の頭部が砕け散ろうとした——が、
「羅ァあ……!」
彼はそれをも計算どおりと言うようにそれを見切り、その打撃に潜るようにスェーイングして回避した。
潜り込んだ先には相手の隙だらけな脇腹があった。黒峰はそれを見逃すはずもなく、横に神刀を奔らせる。
男はそれに反応して脚に力を入れ、高く跳ぶ。その跳躍は黒峰の神刀の軌道を跳び越える程のものだった。渾身の一振りが再び見苦しい空振りへと変わる。
しかし、黒峰の攻撃はそれだけではなかった。彼は男が空中に避けたのを確認すると、咄嗟に神刀を手放し、軽くなった拳を男の無防備な腹に叩き込んだ。
快い破裂音が辺りに広がる。男は先ほどの黒峰のように勢いよく飛ばされ、その背中を図書館の備品である背もたれ付の長いすに打ち付けた。更にその長いすは床に固定されているものではないので、飛ばされている男の勢いに巻き込まれてそれも飛ばされた。
それから大の大人の身長を倍くらい越すほどの高さの本棚に直撃し、ドミノ倒しに巻き込まれて次々と本棚も倒れていく。幾つか巻き込んだ後、やがて止まった。彼と長いすの後ろには、ほかの長いすと本棚による山が出来ていた。
素手の拳でも人は殺せる。それを理解させられる出来事だった。
飛ばされた男はというと痛みに悶えているわけでもなく、自分の背中と腰が長いすに乗っているのをいいことに、脚を組んで頬杖を付いていた。
「続けるかい?」
男が口を利く。戦いの場には似合わない優しい声だった。しかし、その表情は挑発的だ。
「この先は本当の殺し合いになる。健全な青少年にはあまりお勧めは出来ない」
そう言って彼は背もたれに体重を預け、長いすでくつろいだ。
全力の拳をまともに受けたのにも関わらず、彼は余裕な態度だった。見るからにそれはやせ我慢ではなく、本当に効いてないと感じさせるそれである。
「しぶといで御座るな……」
呆れ顔で黒峰がつぶやく。
彼は座っている男を一瞥し、手放して床に転がっている神刀を取りに歩く。そしてそれを逆手に持って振り向きざま、
「なら——、」
神刀の切っ先を男に向けてまっすぐに——投げた。
神刀は直線軌道を描いて男へと向かっていく。もちろんこれで終わりではないと黒峰はそれに続いて駆け出した。
男は迫り来る神刀を目視して確認し、刃が上に向いていることを認識すると即座に片足で蹴り上げた。投げられた神刀は蹴られたことによって、キリモミしながら空中を舞う。
その下をくぐるように男も駆け出す。丸腰状態の黒峰は男にとって絶好の的となっている。男は手に持っている棍棒を横なぎに振るった。
しかしそれも不発に終わる。今度は黒峰が空を舞ったからだ。彼は身体を捻り、振るわれた棍棒さらには男をも飛び越える高い跳躍をした。彼はその動作によって同じく空中にある自身の神刀をキャッチし、着地点である先ほど作られた本棚や長いすの山に降り立つ。
そして黒峰は山から男を見下ろし、神刀を肩に乗せ、楽しそうに笑った。
「その心の臓に刀を突き立てるに他ならない。で、御座るな」
彼はそう言いながら左手の甲を前方に突き出す。
「そいつは面白いな」
男もまた、楽しそうに己の武器を構える。
「斬刻(斬り刻め)、将門(マサカド)……!」
「応えろ、トール……!」
同時に自身の精霊の名を告げた。黒峰は左手の魔力回路が風(ヴァーユ)の色に、男の肩の後ろ——肩甲骨の辺りが雷(インドラ)と土(タイタン)の色に輝く。
男が使う精霊、トールはアース神族の一員。雷の神にして北欧神話最強の戦神。農民階級に信仰された神であり、元来はオーディンと同格以上の地位があった。
スウェーデンにかつて存在していたウプサラの神殿には、トール、オーディン、フレイの3神の像があったが、トールの像は最も大きく、真ん中に置かれていたとされている。 やがて戦士階級の台頭によってオーディンの息子の地位に甘んじた。
北欧だけではなくゲルマン全域で信仰され、地名や男性名に多く痕跡を残す。また、木曜日を意味する古代共通語Thursdayや古代異国語Donnerstagなどはトールに基づく。雷神であることからギリシア神話のゼウスやローマ神話のユーピテルと同一視された。
外見は赤髭の大男。性格は豪胆あるいは乱暴、なぜなら砥石(他の文献では火打石の欠けら)が頭に入っているため。武勇を重んじる好漢であるがその反面少々単純で激しやすく、何かにつけてミョルニルを使っての脅しに出る傾向がある。しかしながら怯える弱者に対して怒りを長く持続させることはない。途方もない大食漢。
武器は稲妻を象徴するミョルニルといわれる槌。雷、天候、農耕などを司り、力はアースガルズのほかのすべての神々を合わせたより強いとされる。フルングニル、スリュム、ゲイルロズといった霜の巨人たちを打ち殺し、神々と人間を巨人から守る要となっており、エッダにも彼の武勇は数多く語られている。一方で姦策や計略に弱い面がみられる。
「開放、在天空風之門。因咎哀世界現在、伴浄化暴嵐救済。吹荒風、吹荒嵐……!(開け、天に在る風の門よ。咎による哀しき世界を今、浄化の暴嵐をもって救おう。吹き荒め風、吹き荒れろ嵐……!)」
黒峰が神刀の先を地面に刺す。すると地面から神刀を中継して、翠色の風(ヴァーユ)の魔力を含んだ風が彼の後方へ一つ一つ形を整えて出来ていく。はじめは数えるほどしかなかったそれが、発動から数秒で一目では数えることの出来ないものとなっていた。
「形を創は神鳴る力、鋼を創は大地の力……」
対する男が発したその言葉。それは詠唱ではなく、どこか自己暗示のようなものであった。
言うと、瞬く間に男の武器である黒塗りの棍棒に紫色の雷(インドラ)の魔力と、金色の土(タイタン)の魔力が纏わりつく。
まず雷(インドラ)の魔力が棍棒の先端を円状に、そして腹の部分を長方形の形へと成る。更にその上から土(タイタン)の魔力がそれらを覆うように雷(インドラ)の魔力ごと棍棒を包んだ。
雷(インドラ)の魔力には形を作り変える性質が、土(タイタン)の魔力には物体の硬度を操作する性質がそれぞれに存在する。魔力には魔導として使うほかに、このような性質のみで使うことも可能なのだ。
これには詠唱や精神集中が要らない他、想像力で自分のみの形質を作ることが出来る。しかもその性能は人智の外。万能ではないが戦略の一つとして申し分のない力を発揮するため、ヴィ・シュヌール国内でもこれを有するものは少なくない。
男がした使い方は雷(インドラ)の魔力で棍棒の形をより攻撃的なものにし、それを崩さぬように土(タイタン)の魔力でコーティングして造られた大剣あるいは大斧だ。
黒峰が放った魔導、“連なる風爪”は四方八方から男を襲う。
それでも、男は笑ったままであった。
「これしきの魔導……。全てこの雷槌(ミョルニル)で粉砕する……!」
男が雷槌で真下を強く叩く。地面をえぐるほどの威力で生み出された衝撃波は、一つひとつが細い連なる風爪を吹き飛ばす。
しかし、それはその程度の数ではない。数十本吹き飛ばしたくらいではその勢いは止まらなかった。
男の右斜め後方より風爪が襲う。彼は逐一に反応して雷槌を振り上げた。そして弾くようにコンパクトに数回振るうが、やがて埒が明かないと判断して後ろに下がって回避した。
風爪はそれを追う。上方向と前斜め左方向から飛んでくるが、男はまず前斜め左方向からくる風爪に雷槌を振り上げて対抗した。それに弾かれるあるいは風圧で風爪は飛ばされ、そしてその動作を利用して上方向に向けて受け流すような姿勢をとる。
そして上方向の風爪を防ぐが、今度は全方向から風爪が飛んできた。雷槌を振るうことでは防げないと判断した男は雷槌を地面に突き立てる。
彼は雷槌から両手に雷(インドラ)の魔力を少し宿らせると、雷槌を中心に円を描くように腕を伸ばして一回転した。そうした動作の中で彼は両手に宿した魔力を空気中に離す。離された魔力は空気に欠片として在ったが、一瞬で泡のような球体となって男を囲んだ。
男は風爪があたる寸前、そのタイミングを見計らって伸ばしていた両腕を交差させ——拳を勢いよく握りこんだ。
「爆ぜろ……!」
その言葉に従うように、魔力の球体は一斉に破裂した。その爆風で彼を取り囲んでいた風爪は全て弾け飛んだ。
「なッ……!」
黒峰が絶句する。
その様子にもお構いなしに男は地面から雷槌を引き抜き、それを肩に担いで黒峰の元へ走り出した。
純粋な殺意を持って。