ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ロンリー・ジャッジーロ 第一章-2 ( No.12 )
- 日時: 2010/08/06 16:02
- 名前: こたつとみかん (ID: eMnrlUZ4)
- 参照: 暫く福島へ行ってきましたっ!
第一章『愚かなる華』③
アイリスとニコが向かった中央地区の西通り広場は、北通りや西地区への交差点でもある、人通りの多い場所だ。いつもは、石造りの長いすや天然の芝があり、呑気鳥などが群がって人々に餌を求めて来たりするのどかな場所であった。だが、二人が向かったときには、全く異なる光景であった。
石造りの長いすは誰か名のある格闘家でも来たのか、中心から見事に二つに割れており、天然の芝は所々が剥がれていて、その下から乾いた色の土が見えている。地面には呑気鳥の代わりに、顔や腹を押さえてうずくまっている男達が何人も倒れている。そして、その広場の中心には、燕尾服をきっちり着こなした男が立っていた。
その男がアイリスとニコが走ってくるのに気が付いて振り向いた。
赤髪のオールバックで、瞳は黒みがかった橙色というより茶色だった。顔の右半分には、黒い炎を思わせるようなタトゥーが彫られてあった。体格的には燕尾服も似合っていたが、首から上が派手すぎてせっかくの「紳士」のイメージが台無しになっている。少なくとも、アイリスにはそう思えた。
その男は、その辺にうずくまっている男達のものであろう血が染み付いている白い手袋を取り、投げ捨てた。
安堵か落胆か、その様子を見てニコがため息をついた。
「騒ぎかと思って来てみれば……。お前か、ブランク」
「はあ……。すみません、若」
赤髪の男が申し訳なさそうに言う。
彼の名はブランク・ベルハム・ラピオロルゼ。レイジーと同じ、ネバードデッド家に仕える使用人だ。そしてもちろん、ニコとレイジーが所属している便利屋のチームの一人だ。レイジーから聞いた話によると元傭兵だそうで、腕はかなり立つらしい。
ブランクがアイリスの存在に気付くと、ふっ、と微笑を浮かべた。
「おや、フーリー殿もご一緒でしたか」
「あ、ああ……」
——どうも、やり辛い。アイリスは別にブランクが嫌いなわけではないのだが、このように水商売の男性従業員よろしく営業スマイルを向けられると、似合わない容姿もあってか、妙に警戒してしまう。
反応に困っていると、アイリスのことなど気にも留めていなかったニコが話を進めようとした。
「説明しろ。手短かにな」
「はい、いつも通りの暴動鎮圧ですよ。……『アロウズ』のね」
アロウズ。その一言を聞いて、アイリスの表情が一変した。嫌悪や憎しみに満ちている顔だ。
アロウズとは中央地区や西地区を中心に活動している、窃盗や強盗など、いわゆる泥棒を生業とするチームだ。一応、便利屋としても活動している。
それのボスに、アイリスはとある因縁がある。十年以上たった今でも、決して忘れることも、許すことも出来ないことが。
暫くして、レイジーとニーベルが息を弾ませて広場に来た。それに気が付いたニコが二人に、こっちだ、とでも言うように手を軽く振った。
五人の間に無言の空気が漂うなか、それに水を差すように声が聞こえた。それも、ひとつやふたつではない。少なくとも十人以上はいるような気がした。全員、低い男の声だった。
五人がその方向を見ると、一人ひとりが独特な服装、髪型の男達がゾロゾロと広場に集まってきた。全員が確信した。——アロウズだ。
アロウズの男たちは皆、この光景を見て敵意を五人に向ける。この状況で広場の中にいる人間はアイリス、ニコ、ブランク、レイジー、ニーベルだけだから当然といえば当然だろう。傍観者たちは結構離れた場所でこの一部始終を見ようとしている。
そして、こいつら全員こっちに向かってくるだろうな、と確信したアイリスは、右腰のホルダーから高周波斧を抜く。
その動作を合図に、アロウズの男たちは一斉に向かってきた。アイリスも、高周波斧を地面に引きずりながらそれに立ち向かっていく。
ニコは面倒くさそうに右手を前に向け、
「……掃討しろ」
そう命じた。
「了解です」
「判りました」
それにブランクとレイジーが反応して動き出す。
「せぇぇぇぇぁぁああ……!」
アイリスは腰を左に鋭く捻り、重量のある高周波斧を遠心力で左横薙ぎに振った。それは男たちの数人を巻き込んで当たった。刀身は裏返しで、いわゆる峰うちの状態だったので血は出なかった。これは別に殺すことを躊躇っているわけではなくて、単に愛用の武器が下衆共の血で汚れるのが我慢ならなかっただけだ。まあ、それでなくても肋骨の五、六本は折れているだろう。
高周波斧を振りぬいて、その数人を吹き飛ばす。その隙を狙って一人の男が短刀をアイリスの右脇腹に向け、突き刺そうとした。
それをアイリスは、更に腰を左に捻って作り出した遠心力で身体全体を宙に浮かせた。結果、男の短刀は空中を刺した。それだけではない、その遠心力で威力を増大させた空中右回し蹴りを男の人中目掛けて放った。何かが折れる音が空に響く。
その後ろより、ブランクが左から、レイジーが右からアイリスを追い抜くように前に出た。
「シッ」
その短い掛け声と共に、ブランクは左ジャブの連打を男たちに放っていく。無駄のない、速い動きで確実に一人づつ倒していく。
レイジーはそれの更に前に出た。凍りつきそうな冷たい目つきだった。
いつの間にか腕まくりされていた長袖の女中服から現れたレイジーの白い両腕は、痛々しいとしか言えなかった。幾つもの肉片であった腕のパーツを、無理矢理糸付けして繋ぎ合わせたような様子だった。
レイジーはその腕を、手刀のような形に整えた。その腕で、可視出来ないほどの速さで残りの男たちとすれ違いざまに手刀を放った。
「安心なさい」
糸が切れた人形のように、残りの男たちは全員倒れていく。
「……殺しはしないわ」
レイジーは冷たい目つきのまま手刀を、刀についた血を払い取るように振ってみせた。
事が終わったことを確認した傍観者たちは、そそくさと散っていった。
広場が静寂に包まれる。数秒間は、誰も口を開くことはなかった。
そしてその静寂も、空気の読めない一言で破られることとなる。
「オイ、オイオイオイオイオイオイオイオイオイオイオイオォォイ! なンだってンだァ、こりゃあ!」
この、一人の男によって——。