ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ロンリー・ジャッジーロ 第一章-3 ( No.17 )
- 日時: 2010/08/06 16:05
- 名前: こたつとみかん (ID: eMnrlUZ4)
- 参照: 今はあるフィーねkの家にいます。おかしなことはしていませんよ。
アイリスは右手を内側に返し、高周波斧を大きく振り、サジタリウスの首を刈り取ろうとした。空気を切り裂く音を聞いた。
サジタリウスはそれをしゃがんで避ける。アイリスはそれに反応して振りぬこうとしていた右手を止め、外側に返して追い討ちをかけた。
何か爆発する音が、鼓膜を揺らす。一瞬、アイリスには何が起きたのかわからなかった。判ったことといえば、右手に感じる高周波斧の重量を感じなくなったことだけだ。やけに時間がゆっくり過ぎるように感じた。左頬に、何か飛び散った。——暖かい。それが口の端から中に入って来た。鉄の味。血と判断するには遅くなかった。視線を左にやる。右手に持っていたはずの高周波斧がない。右手首が赤く染まり、肉がむき出しになっていた。力が右手にかからず、上手く動かせない。視線を正面下に戻す。サジタリウスの悪魔のような笑顔が見える。その右手には杖上のものが握られている。ポンプ式の散弾銃。そしてその銃口は、肉がむき出しになっていて赤く染まっている右手に向けられていた。——そうか、撃たれたのか。なんて、呑気なことを言っている場合じゃない。まずい。まずいまずいまずい。身体から血の気が、さあ、と引いていくのが判る。それと同時に、魔力回路から魔力も引いていき、髪の毛が漆黒からいつも通りの銀色に戻ってくる。アイリスの目の前の散弾銃が、くるりと縦に一回転し、今度はアイリスの眉間に照準を合わせた。ポンプ式を慣れている人間は、銃身を縦に回転させながらリロードするという。つまり、今の動作で再装填は完了というわけだ。駄目だ。これは避けられない。——畜生。
「……世界に生ける、存在に拒絶を……!」
感じる時間の流れが、戻った。
銃口から放たれた弾丸が、アイリスの眼前で弾かれる。弾いたのは、風属性特有の翠色の障壁だ。後方を見る。ニーベルだ。間一髪、障壁を張って守ってくれた。それだけではない。怒っている。ニーベルが。ほとんど見たことがない表情だった。眉間にしわを寄せて、人見知りが激しいニーベルには似合わない顔だ。きゅう、と下唇を噛み締めて、ニーベルが詠唱を続けて唱え始めた。
「告げよ。万物を統べる神よ。我の言は地上の言、神の言なり。人の子よ、聞け。鳴り響く、虚空の鐘を……!」
詠唱というものは、魔導を発現させるための精神集中の暗示のことだ。あらかじめそれぞれの魔導に詠唱が設定されており、術者はそれを記号として発現する。
詠唱を終え、発動された魔導は『氷蛇烈鞭』。巨大な複数の氷の鞭が蛇の如く対象に襲い掛かっていった。サジタリウスは後ろに跳んで下がりながら、ポンプ式の散弾銃で応戦する。流石に銃一丁では心苦しかったのか、左手にもう一丁持った。ニーベルは立て続けに詠唱する。
「紡げ。億万年へと続く歴史。天上の御使いからそれを示そう。狂い乱れよ。野に咲く、毒の花弁よ……!」
三つの風の刃が、空気を切り裂き地面を走っていく。複数発現の『空牙』だ。しかし、サジタリウスはこれを上に高く飛ぶことでかわした。余裕が出てきたのか、ニヤニヤと笑みを創りながら着地する。
その余裕のせいで、いつの間にか自分の後ろにいたある二人にサジタリウスは気がつけなかった。ブランクとレイジーだ。ブランクはサジタリウスの右側頭部に当たる寸前で拳を止め、レイジーは手刀で左の首筋を狙っている。
サジタリウスは一瞬焦ったような表情を見せたが、すぐに余裕の笑みに戻した。
「オイオォォイ。誰だァ? テメェら。関係ねェ奴らは引っ込んでなァァ……?」
「生憎、主人の御命令だ」
「同じよ。……それにしても、不快な声ね。喉元から手を入れて声帯を抜き取って潰してやろうかしら」
右手を押さえていたアイリスと、その怪我を魔導で治療していたニーベルが驚いてニコを見る。不機嫌そうな表情だが、心なしか怒っているようにも見える。
「別に、貴様がそこの銀髪に何をしようと、何をされようと関係ない……。その不愉快な姿と声でこの僕の目と耳を汚すな。これ以上、僕の前に不愉快なその姿を見せるというなら、僕は全力で貴様を叩き潰す……!」
十一歳の少年とは思えないほどの殺気が、サジタリウスを威圧した。これにはサジタリウスも両手を挙げて白旗を出した。
「ケッ……。わァァったよ」
背中を向け、サジタリウスは広場を後にした。その姿が見えなくなるまで警戒していたブランクとレイジーがアイリスに駆け寄ろうとしたが、二人の主であるニコがそれを許さなかった。
「帰るぞ」
ニコがそう言い、背を向けて二人を連れて帰ろうとしたとき、その背中にニーベルが声を掛ける。
「えと、ニコ……くん。ええと、ありがとう。……あのね、嬉しかったよ……」
ニコは振り向かずに答えた。
「フン……。貸し、だぞ」
三人が広場を後にすると、アイリスとニーベルしかいない広場で、笑い声が聞こえた。アイリスの声で、自嘲気味の笑い声だ。——情けない。情けなさ過ぎて、笑えてくる。同時に、悔しさも胸のそこから這い上がって来る。——畜生。
アイリスが力なく振り下ろした左拳は、地面とぶつかって情けない音をたてた。
第一章『愚かなる華』終わり
これからは当たり前のように分割が多くなります。ご了承ください。