ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: ロンリー・ジャッジーロ 第一章-4 ( No.22 )
日時: 2010/08/06 16:08
名前: こたつとみかん (ID: eMnrlUZ4)
参照: 今日は高校の入学式!

 その前にまず、一度西地区の借家に戻った。万が一戦闘になったとき、サポートをしてくれたり、治癒の性質も持っている水(ヴァルナ)と風(ヴァーユ)の属性の魔力を持っているニーベルが参戦しないわけだから、今まで通り攻めに徹するという安定した戦い方が出来ない。故に、それなりの準備が必要になる。しかも、長時間家を空けるわけだからニーベルが一人でも大丈夫なように色々と用意しなければならない。
 息をきらせて借家まで走って戻って来た。二人で居住するには程よい広さで月二万九千ダルズだ。どういう「曰く」があるのかは、正直アイリスにも判らない。この物件を貸してくれた人物が教えてくれなかった。
 家の中に入っていき、玄関からつきあたりのドアから居間に入る。その居間にある左右の二つあるドアのうち、左側のドアを開ける。こっちがニーベルの部屋で、もう片方はアイリスの部屋だ。
 ニーベルは寝ているようだった。昨日まで大部うなされていたが、今朝から落ち着いている。アイリスはニーベルの穏やかな寝顔を見て、安堵した微笑を浮かべた。それから、ニーベルが一人でいても大丈夫なようにせっせと用意する作業を始めた。とりあえず換気。額に乗せる氷袋の取り替え。空気が乾燥しないように適度に水気を抜いた濡れタオルを二、三枚くらい窓際に吊るしておく。あと、帰りが遅くなったときのニーベルが食べられる物を作り置きしておく。この家ではほぼ毎日ニーベルが食事を作っているが、これは別にアイリスの料理スキルが悪い意味でブっ飛んでいるわけではない。アイリスが一人暮らしをしていたときは自身で食事を作っていた。まあ、ニーベルのように一流の腕前ではないことは確かだ。
 アイリスは病人が食べやすい林檎のすり卸しを作った。ただ単に林檎の皮をむいてすり卸しただけだが、あくまでこれは病人でも食べやすいだろうというアイリスの配慮であり、手を抜いているわけではない。決して。
 それを保存庫に入れ、ニーベルの部屋に戻った。アイリスは紙とペンを用意し、

便利屋の仕事で東地区の工業通りまで行ってくる。  アイリス

 そう書き、ニーベルの枕元に置いた。それから応急手当品や煙幕、携帯食料などの万が一に備えた準備をし始めた。それを終え、家から出るときに玄関にあった鏡がふと目に入る。そこには濁りのない綺麗な銀髪のアイリスが映っていた。だが、回路に魔力が通れば、この髪は光のない漆黒に染まってしまう。理由は判っていない。アイリスにはそれがどうしても好きになれなかった。
 ドアの取っ手に手をかけて外に出る際、一度家の中へ振り向き、聞いているはずもないニーベルに、
「行ってくるよ。ベル」
そう言い、東地区の工業通りに向かって家を後にした。


 昼の中頃。東地区の工業通り、第三工場前にはアイリス以外にも人が来ていた。アイリスはそれらに見覚えがある。全員禿頭で強面の男三人はアイリスが行く酒場でも名のある便利屋のチームだし、遠くで無心に神刀(東州神国原産の剣)の素振りを行っている男はもっと有名で、彼はたった一人で便利屋を営んでいる東州神国から来た黒峰(クロミネ)だ。アイリスは彼と交流はないが、ニーベルが便利屋になる前の知り合いらしく、たまに会ったときに少し話したりする。腕もそこそこ立つらしい。他の人間は特に知らないが、ただ一人、レイジーとはまた違った女中服を着た少女が目に付いた。——ニコの関係者だろうか。そう思ったが、どうでもいいと思い、考えるのを止めた。
 人数はアイリスも入れて、全部で九人。依頼主は人数分報酬金を払えるのだろうかと思いつつ歩き回っていると、急に大きな音が聞こえた。何かが崩れ落ちる音だった。第三工場内から聞こえた音だったので少々アイリスは驚いた。
 少ししてから、工場内からふらふらと一人の男が歩いてきた。さっきの音で崩れた何かかその他に頭をぶつけたらしく、頭を押さえていた。その男は工場前に集まっている便利屋たちを見て、嬉しそうに笑って言った。随分と明るい声だ。
「おおっ、結構な人数集まってるっスね」
 そう言ったのは技術者服を着た少年だったので、アイリスは本気で報酬金を貰えるか不安になってきた。