ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ロンリー・ジャッジーロ 第二章-2 ( No.26 )
- 日時: 2010/04/12 17:33
- 名前: こたつとみかん (ID: ubqL4C4c)
- 参照: 携帯をやっと買いました。
第二章『大仕事』③
スカーや他の便利屋たちが駆け足で機械の魔窟に向かう中、アイリスと黒峰は無駄に体力を使わないように歩いてそこに向かう。その途中、不意にアイビーがアイリスに話しかけた。
「ごきげんよう、アイリスさん。ニコ様から話は良く聞いておりますわ。アイビーと申します。以後、お見知り置きください」
「……ああ」
左右のスカートの裾を両手で持ち、優雅に微笑んで片足を立てて挨拶をするアイビーに、少し戸惑いながらアイリスは返事をする。
「あの、今回の仕事は協力してやりませんか? 効率が良いし、お互いのためになると思いますの」
そう聞いたアイリスは少し考え、黒峰にしか聞こえないように小さな声で黒峰に何か囁いた。黒峰は最初それを聞き、若干驚いたようだったが、やがて納得した。それから神刀を不似合いなレザーパンツのベルトから鞘ごと抜き、走りやすいように肩に紐で掛けた。それからアイリスを見て、
「……心得た。拙者にまかされよ」
そう言い、先に機械の魔窟へ走っていった。その姿を見送り、アイリスはアイビーに向き直った。そして、アイリスは手を差し出す。
「一緒に行こう。……よろしく頼む、アイビー」
「ええ、こちらこそですわ」
アイビーも手を差し出し、二人は握手を交わした。
「機械」の魔窟とはよく言ったもので、そこは見るからにそう呼ぶに相応しい場所だった。地面に土は見えず、あたり一面にケーブルやらスクラップやら散乱していた。壁のようになっている、幾つものスクラップが重なった山は今にも崩れて来るような状態だった。しかも、それが無数にあるため迷宮のように通路が入り乱れていて、狭い。見回せば、小型の機会兵器のような魔物が虫のように辺りを歩いている。
——これは、戦い辛いな……。アイリスは困ったように表情を曇らせ、一度アイビーを見て言った。
「アイビー。そう言えばあんた、戦えるのか?」
アイビーは特に気を悪くすることもなく、ニコリと笑う。
「あら、侮らないで頂けます? 私、こう見えて修羅場を幾つか潜り抜けて来ておりますの」
そう言ってスカートの中に手を入れ、取り出したのはどうやったら収納出来るんだと思わせるくらい大きなふたつの電動鋸だった。アイビーはそれらを軽々と持って見せ、片方の電動鋸を自分の顔に近づけて、その刃に唇を当てる。
「この娘たちと共に……、ですわ」
女中服を着た女性には相応しくない装備に、アイリスは苦笑した。
「そ、そうか。失礼したな」
「いいえ。気にしてませんわ」
そう微笑んでから、アイビーは少し神妙な面持ちになった。
「それにしても、狭くて動きにくい所ですわね。……そうですわ。アイリスさん、縦に並んで注意を前後に分けながら移動しません?」
もっともな意見だった。
「……そうだな。そうしよう」
アイリスもそれに即答し、アイビーの先を歩き始めた。その背中を見て、アイビーは嬉しそうに微笑んだ。
「ええ、やはりこうなった方が、」
そう言いながらアイビーは、ふたつの電源の紐を口にくわえ、両手の電動鋸を勢い良く振りかぶり、紐を引っ張って電源を入れ、アイリスの頭頂部目掛けて容赦なく振り下ろす。断末魔の悲鳴のような電動鋸の回転音が大気を振動させる。
「殺り易いですわ……!」
アイビーの優雅な微笑みはいつの間にか、いつかのポンプ式散弾銃使いのような悪魔のような笑顔に変わっていた。
——確実に殺せると思ったことによる油断か、アイビーはアイリスが右手を腰の高周波斧の柄に手を掛けていることに、全く気がついていなかった。アイリスは振り向きざまに腰から高周波斧を抜き、自身の頭頂部に振り下ろされた二本の電動鋸を受け止めた。高周波斧で押しながら、アイリスは柄の加速装置を引き絞り、斧を振動させる。その振動によって二本の電動鋸は弾かれた。
「な……」
アイビーの表情は驚愕の色に染まっていた。思わず一歩後ろに下がってアイビーは距離をとった。
着地と共に、アイビーの首筋に何か冷たいもの触れる。いつからか黒峰がアイビーの後ろに立っていた。
「……不動(動くな)」
黒峰は東州神国の言語でそう言い、神刀でアイビーの首筋を狙っていたが、やがてアイビーの身体が硬直したのを確認すると、神刀を退いて後ろに下がった。ぱちんという音と共に、その刀身をベルトに挟めてある鞘にしまう。
「ふむ、フーリー殿の読みは正しかったようで御座るな。どうであろうか。依頼主殿」
黒峰の後ろから姿を現したのは今回の仕事の依頼主、ヴィルバー・ニック・デルブライトだった。ヴィルバーは苦虫を噛み潰したような顔でアイビーを見る。
「……何、やってるんスか」
アイビーはにこり、というより、にやりと笑った。
「あら、便利屋同士の潰し合いは別に契約違反ではないはずでしてよ。それよりも……、」
アイビーはアイリスに向き直る。
「私の攻撃に、何故即座に反応できまして? アイリスさん」
「ひとつしかないだろ。最初から仲間だなんて信じていなかっただけだ」
やれやれといった感じにアイリスは左手を腰に当てる。
「お前の喋ることには色々不自然だったからな。ニコなら女の従者を一人で仕事に行かせないだろうし、ニコが私のことを良く話すはずがないだろ。そして何より、従者なら『ニコ様』じゃなくて『若』と呼ぶしな。……いや、違うぞ。別にニコが仲間ってわけじゃないからな」
囲まれ、逃げることが許されなくなり、追い込まれたアイビーは、
————————————笑った。
「くっ……ふふ……、ふふふふふ……、きゃははははははははははは! あっはぁ! あは、あはははっ! えふっ……えふっ……っくふふふふ……。きゃははははは! きゃは! きゃっはははははははは! ひっ……ひぃっ……きゃひっ、あはははっ、きゃはははははははは!」
——狂っている。そうとしか思えないほどアイビーは笑っていた。何が可笑しいのか、周りのことなど気にも留めず笑い続けている。
ようやく笑い終え、息切れをおこしながらアイビーは着ていた女中服の襟元に手を掛けた。
「ふふ……。そう。なら、改めて自己紹介しますわ……!」
本性を表したようなアイビーは着ていた女中服を、襟元から破り脱ぎ捨てた。女中服の中から見えたのは、ゴシックロリータとでも言うのだろうか、漆黒のフリルドレスがあった。ヘッドドレスもいつの間にか黒色になっている。
アイビーはアイリスを見つめ、
「『追放者』で、今はアロウズのボス直属の暗殺者をやっておりますの。アイビー・スィンス・ハーバートですわ。……以後、お見知り置きください」
悪魔のような笑顔を、もう一度——。