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Re: ロンリー・ジャッジーロ 第二章-3 ( No.34 )
日時: 2010/04/18 17:48
名前: こたつとみかん (ID: ubqL4C4c)
参照: 今はあるるんの家!

 漆黒の髪は次第に銀色へと戻る。アイリスは立ちながら地面に突き刺さっている高周波斧を引き抜き、顔を上げ、黒峰を睨みつけた。
「何するんだよ、黒峰……!」
 対する黒峰は、あくまで冷静に言った。
「依頼主殿からの命令だった故、仕方がないで御座ろう」
 反論が出来ない、正論だった。
 そんな中、黒峰は後ろから声を掛けられた。
「いつまで、私のことを忘れておりますの……?」
 黒峰が振り向くと、そこには高々と二本の電動鋸を振り上げ、今にそれらを振り下ろしてこようとしているアイビーの姿があった。
 しかし、それに注意を向けていなかった黒峰ではない。
 黒峰は身体をほとんど捻らずに、アイビーの腹部に後ろ蹴りを放った。回転がほとんどないためにダメージはあまりないが、相手の虚を突いて身体のバランスを崩すのには十分だった。それを喰らったアイビーは身体を「く」の字に曲げる。そうなり、今このコンマ数秒の間なら無抵抗と察した黒峰は右手に持っていた神刀を強く握り、今度は身体の向きを一八〇度回転させてアイビーに向き直り、強い踏み込みと共にその神刀を振り下ろした。
 バランスを失い、地面に尻をついたアイビーは今の一振りで特に痛みは感じなかったが、数秒後、急に左目の視界が赤く染まったことに気がついた。触ると、ぬめっとした気持ち悪い感触の温かい液体が流れていた。血だ。傷はそこまで深くはないが、アイビーの左眉の辺りから左目を通って、左頬まで広い範囲に斬られている。最悪、傷跡として残るかもしれない。
「ああ、あ……、あああああ……、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……! き、傷! わ、わわわ私の顔に、きき傷が! ボスのための! さ、サジタリウス様のためだけにある私の顔に傷を! 止まらない、血が止まりませんわ……!」
 アイビーは驚愕して絶叫した。女性なら当然の反応である。手で何度も顔の血を拭い取ろうとするが、出血は止まる気配を見せない。それどころか、それにより傷口はより広がり、出血は更に激しくなり、顔中に血の跡がつき、漆黒のフリルドレスには血がポタポタと雫なって落ちていった。
「許しませんわ。そこの黒髪、絶対に殺してやりますわ……!」
 アイビーは地面に落とした電動鋸を拾い上げ、右手に持っていた片方を地面に突き刺した。そして、その手のひらを大きく開き、叫ぶ。
「堕ちなさい、チェルノボグ……!」
 その瞬間、アイビーの右手に楽譜表記の「ト音記号」を歪めたような形の魔力回路が現れ、若干黒色がかった銀色に光る。水(ヴァルナ)の属性の色だ。
 アイビーの契約精霊、チェルノボグは古代神話のひとつ、スラブ神話の死神である。それは黒い神を意味する。太陽を象徴する白き光の神ベルボーグと対なす存在と考えられることから、闇、黒、夜などの意味づけが考えられる。また、死神であることから、地下の冥府を統べる神ではないか、とも考えられている。古代人ムソルグスキーの『禿山の一夜』にも登場する。こちらは古代の祭り、聖ヨハネ祭りの前夜に禿山で幽霊が大騒ぎし、夜明けと共に去っていく、という物語である。ここでは、地霊としてチェルノボグが登場する。
「流れよ光、滅びよ魂、蘇れ骸と魔女は! 獅子は! 巫女は吼えた! 今こそ乱れなさい、ただ祈り願う、儚きさだめたちよ……!」
 詠唱の終わりと同時に周囲一帯の空気の流れが一瞬変わり、アイビーの灰色の髪の毛がふわりと揺れる。それもつかの間、地面から氷の棘の集合体が生えていき、波のように黒峰に向かい走っていく魔導、『氷嵐波』が発生する。
 黒峰はそれを、下から押し上げるように斬り上げた。
「責ァァァ……!」
 黒峰の放った神刀は氷嵐波をふたつに斬り裂いた。氷の欠片が空中に散っていき、太陽光に当たり光る。間一髪といったような表情を黒峰は見せる。しかし、二つに割れた氷嵐波の間から、もう片方の電動鋸を持って構え、悪魔のような笑みを浮かべたアイビーの姿があった。血塗れなので余計怖いと、黒峰とアイリスはふと思った。
「頭蓋骨をふたつに割って差し上げますわ……!」
 斬り上げた体勢の黒峰の顎目掛け、アイビーは電動鋸を振り上げる。黒峰もそれを回避しようと後ろに跳ぼうとしたが、遅い。あれでは避けられない。今更アイリスがかばおうとしても間に合うはずがない。
「いい加減に……、するっス……!」
 ヴィルバーの叫び声が、電動鋸の発する断末魔の悲鳴のような回転音を遮った。アイリスはそう感じたが、事実は回転音がなくなっただけだ。急に運動を止めた電動鋸に少し変に思ったアイビーは振り上げる動作を一瞬止めてしまい、黒峰に回避を許してしまった。
 電動鋸の刃の部分には的確に五寸釘が打ち込まれており、それが邪魔になって回転の妨げになっていた。それを投げたと思われるヴィルバーは不機嫌そうな表情を見せながらアイリスたちのもとに歩いてくる。
「もうこれ以上、誰だろうと好き勝手な真似はさせないっスよ……!」
 ヴィルバーはそう言い、腰の工具入れからスパナを取り出して構えた。