ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ロンリー・ジャッジーロ 序章前・後 ( No.4 )
- 日時: 2010/03/31 16:20
- 名前: こたつとみかん (ID: RQUZU0jv)
- 参照: 牛乳プリンはプレーンで!
序章・後
視界が、赤く揺らめいている。
喉がひりつくように渇く。緊張からくるものではなく、この洞窟の常軌を逸した暑さのせいだろう。
足場の両側を、赤熱した溶岩が粘つく流れとなって這い進んでいく。噴き上がる熱気が陽炎となって見えるもの全てを歪め、赤々と照らし上げられた岩肌を、まるで巨大な生き物の腸壁のようにうごめかせる。
その洞窟の中には似合わない、雪景色を切り取ったような銀色が見える。それは、鮮やかな銀髪の少女——。
銀髪の少女は、深い翡翠色の目でしっかりと前を見据え、凛とした態度でその銀髪をなびかせながら洞窟の奥へと歩いていく。銀髪の少女の右腰からぶら提げている黒いホルダーには、持ち手の部分が自動二輪車の加速装置のような形をした、鈍重そうな金属斧が取り付けられていて、それが銀髪の少女の腰についているポーチの金具とぶつかり合い、乾いた音が幾度も聞こえる。
その後ろを、薄い緑色の髪の、気弱そうな少女がよたよたとした足どりでついていく。淡い青色の目が、心配そうに銀髪の少女の背中に向けられる。気弱そうな少女の手には、何かの樹を削り出して造られた杖が握られてある。
地獄があるとすれば、このような眺めなのだろうかと思いながら、銀髪の少女は周りを見渡すと、この洞窟内の異変に気が付いた。
本来、神々の残留魔力にあてられた生物である怪物——魔物はこのような人間やその他の生物が生活するのに適していない環境を好んで住処とするはずなのに、鳴き声すら聞こえてこない。これには銀髪の少女も、気弱そうな少女も不審に思った。
——何かがおかしい。そんな考えが銀髪の少女の頭をかすめた瞬間、地の底から凄まじい咆哮がとどろいた。大地をも揺るがすその叫びに大気は鳴動し、吹き付ける熱風がちりちりと肌にあたる。眼前の火口から、空間自体が融け出す程の熱をまとったものが、少女達の前に姿を現す。
それはまさに、炎の化身というべき姿だった。赤銅色の巨体に、獰猛な獣の顔の怪物。洞窟に巣食う魔物共とは一線を画す、神々の残留魔力の一部が自律したエネルギー体とも呼ばれる強力な精霊の一種、『スルト』だ。
熱波が圧力となって叩きつけられる。気を抜いたら吹き飛ばされそうな程の強さだ。だが、銀髪の少女は怯まなかった。
——自分以外に、負けるものか。幼かったあの日、銀髪の少女はそう誓ったのだから。
猛り狂う炎の精霊に向かい、銀髪の少女は右腰のホルダーから金属斧、特注の高周波斧(ハイ・バイブレードアクス)を抜き、重そうに引きずりながらも突進する。銀髪の少女に恐怖はなかった。それとも、銀髪の少女の中で何かが麻痺しているのか。
銀髪の少女より少し後ろにいた、気弱そうな少女が詠唱を唱え、冷気魔導を放つ。冷気属性特有の銀色の光が一瞬、赤色の世界を包んだ。
その冷気魔導が、わずかに炎の精霊が放つ熱を減衰させる。獰猛な獣の顔が苦痛に歪んだ刹那、銀髪の少女は煌めく刃を振り下ろし、持ち手の自動二輪車の加速装置のような部分を、ぐっと引き絞った。
斧の刃は振動により紅く光り、その切れ味を格段に上げる。
特有の強烈な手応えが、銀髪の少女を戦いにのみ埋没させていく——。