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Re: ロンリー・ジャッジーロ 第二章-6・7 ( No.51 )
日時: 2010/05/15 13:51
名前: こたつとみかん (ID: jBbC/kU.)
参照: わかっちゃいるけど^^;

第二章『大仕事』⑧

 ヴィルバーによってアイリスたちの追跡を遮られたアイビーは憎々しげにヴィルバーを睨み、ぎりり、と歯軋りをした。その苛つきによって、アイビーの左の顔から流れる血液の量がさらに増える。それから使い物にならなくなった電動鋸の一本を投げ捨て、もう一本を構え、電源を入れる。
「私の邪魔をして、五体満足で家に帰れると思わない方がいいですわ……」
 対するヴィルバーはその言葉に威圧されたようだったが、負けじと挑発するように笑い、刀身の露出したスパナをアイビーの顔に向け、啖呵を切る。
「そっちこそ、俺をただの武器製造師だと思わないほうがいいっスよ……」
 二人が対峙する場所の遠くで、何かの雄たけびのようなものが聞こえた。
 ——その音が、始まりの合図となった。
 アイビーが後ろ足で地面を強く踏み、先手を取って走り出した。
正面から走ってくるアイビーにヴィルバーは即座に反応し、ヴィルバーから見て左から振られた電動鋸に大型スパナで立ち向かう。電動鋸が大型スパナを削り、火花が散ってゆく。だがヴィルバーの持っているスパナがいくら大型だといえど、その数倍の大きさを持った電動鋸を受け止められるわけがなかった。それを即座に理解したヴィルバーは、ぱっとスパナから手を離し、アイビーが電動鋸を振りぬく前に身をかがめて避けた。
 電動鋸を空振りし、派手に回転してしまったアイビーはあえてその回転を利用し、かがんだヴィルバーの左頬目掛けて後ろ回し下段蹴りという変則的な蹴りを放つ。それはヴィルバーにクリーンヒット——はしなかったものの、それなりにダメージは与えられたようだ。アイビーは倒れそうになる自身の身体を支えようと、地面に手を付いたヴィルバーに「今だ」と言わんばかりに追い討ちとして電動鋸を振り下ろす。
 ヴィルバーは左手で腰の工具入れから一本のドライバーを出した。しかし、それはドライバーと呼んでいいのか、ネジを廻す金属部分が螺旋の形をしていて、持ち手に青色の文字が書かれていた。ヴィルバーはそれをアイビーの残りの右目を狙って投げた。
 アイビーはヴィルバーの投てき精度の良さを理解していたし、「顔を傷つけられたくない」という強い意思もあってか、紙一重でドライバーをその身を反らせて回避し、地面を蹴って後ろに跳び一旦距離をとった。故に電動鋸もヴィルバーの身体を引き裂くことなく、もう一度両者は適度な距離を挟んでお互いを睨み、牽制しあう。
 肉弾戦だけでは面倒だと判断したアイビーは魔導を使おうとするが、すでに精霊の始動条件は果たしているのであとは発現のために詠唱を唱えるだけだった。アイビーの右手のひらが銀色に光る。
「鈴音が聞こえ、世界が世界を祝福するとき、天は地に戯言を告げる。人よ。鐘を鳴らし、鈴を鳴らし、生ける世界に祝福を……!」
 ヴィルバーの頭上に直径一メートルぐらいの空間が歪み、おびただしい数の氷の針が降り注ぐ。『凍氷雨』だ。ヴィルバーは視覚外からの攻撃に一瞬戸惑いながらも、バックステップで回避する。——その隙を、アイビーは見逃さない。
 アイビーは凍氷雨が消えるのを視界の端で確認する。今の彼女の右目には、ヴィルバーの姿しか映っていない。アイビーは前方向、ヴィルバーのいる方向に向かって跳び、両手で電動鋸を振り上げる。標的はまだ空中にいるので、外すことはない。
 ヴィルバーは万事休すの状態であるのにもかかわらず、まだその両目に絶望の色はなかった。ヴィルバーは右腕を掲げて一言、
「来るんだ。ケット・シー……!」
そう言うと、その右腕に三つ矛のような形の魔力回路が現れ、灰色の魔力が流れる。この魔力の色は、アイビーは一度しか見たことがなかった。——サジタリウス。彼の魔力の色でもあった。
 ヴィルバーの契約精霊、ケット・シーは古代の国のひとつ、アイルランドの伝説に登場する妖精猫のことで、ケットは「猫」を意味し、シーは「妖精」を意味する。「長靴を履いた猫」という物語の主人公だといえば、理解できる人も多いだろう。犬の妖精クー・シーが妖精の家畜として外見以外は通常の犬に近い性質を持つのに対して、ケット・シーは人語をしゃべり二本足で歩く上、どうやら王制を布いて生活しているらしいことが判る。また二ヶ国の言葉を操る者もいて、高等な教育水準だということが伺える。普通、犬くらいの大きさがある黒猫で胸に大きな白い模様があると描写されるが、絵本などの挿絵では虎猫や白猫、ぶち猫など様々な姿で描かれる。
 アイビーはヴィルバーが魔導を使用できるということに驚いたが、関係ない。今更始動しても、詠唱が間に合う訳がないのだから。
「終わりですわ……!」
 アイビーが会心の笑みを浮かべる。そしてヴィルバーが着地した瞬間にもう一度地面を蹴り、身体ごと一回転させながら電動鋸を振り下ろした。
 


分割しまーす!