ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ロンリー・ジャッジーロ 第二章-8 ( No.63 )
- 日時: 2010/08/06 16:20
- 名前: こたつとみかん (ID: eMnrlUZ4)
- 参照: おーいえ(‾∀‾)
直線軌道の左拳が、ヴィルバーの左頬を捉える。鈍い音が魔窟内に響く。ヴィルバーよりも身体がふた周りほど大きなフォンの拳は殴った相手の脳をカクテルの如くシェイクし、意識を奪い相手に地面を舐めさせ、痛みに悶絶させるのは必至だった。
ヴィルバーはその常識に則って地面に倒れる。が、痛みに悶絶はしなかった。口の左端から流れる血を拭いながら、ヴィルバーはがくがくと揺れる膝で踏ん張り、割とすぐに起き上がった。
「ふん……。根性あンじゃねェか」
フォンがその様子を見て、にやりと笑った。
「駄賃だ。三十万ダルズはくれてやる」
そして後ろにいたザンクとジオットに「ワリィな」と一言謝り、二人は「気にしてねェよ」と返す。それから三人はヴィルバーに背を向けて歩き出した。
そのときに一度だけ思い出したように立ち止まり、振り向いてニーベルを指差した。
「そうそう。あの馬鹿デケェ機械を壊したンはそこの緑髪の嬢ちゃんだ。報酬金はそいつにやれ」
そう言って再び歩き出した。ヴィルバーはその背中を見て叫ぶ。
「あ、ありがとうございました!」
聞いたフォンは振り返りもせず、ただ手をひらひらと振って見せた。
その姿が見えなくなるまで見送ると、ニーベルがアイビーに駆け寄り、座り込んでいるアイビーと同じ目線になるようにしゃがんだ。そして杖を出してユノを呼び、祈るように眼を瞑って詠唱を始め。
「流れよ。光を歩く恵の女神。銀の鐘の音によって汝を癒そう。今こそ降り立て、銀の御使いよ……!」
銀色の光がニーベルの右手のひらに発生し、それをアイビーの切れている左の顔にあてる。するとアイビーの血が流れている箇所の傷が塞がっていき、やがては殆ど跡を残さずに消えた。『水華の禊』という治癒の魔導だ。
数ある魔導の中でも治癒という効果を持つ魔導を習得することは難しく、使用者は貴重だといわれている。それなのに、こうやって目の前でいとも簡単に発現できる、ニーベルという少女がいるということにアイリスは妙な気持ちになる。——ベルは、すごい。さっきもベルがいなかったらやられてた。……駄目だな。私は。
「アイビーちゃん、だったっけ。……えと、その、傷は治ったけど、あの、まだ修復した部分が、元の細胞組織と馴染むまで結構かかるから……、……ええと、無理は……しない、ようにね……?」
やはり緊張気味に説明をして、ニーベルは後ろに立っていた黒峰に眼をやる。黒峰はその視線の意味を即座に理解し、ニーベルの隣に座る。すねを下にして足を折りたたんで座るという一風変わった座り方だった。——確かあれは、「正座」。だっけ?
黒峰はアイビーの目の前で正座したまま頭を下げる。
「アイビー殿。許されよ。理由はどうあれ、拙者はお主の可憐な顔に傷をつけてしまった。その償いは、お主の言うがままに」
アイビーは長く息を吐き、ドレスのスカートに付いた埃を払い落としながら立ち上がる。その顔に怒気はなかった。
「……その娘に免じて、許してあげてもいいですわ。顔はこの通り元に戻ったし、何よりここまで義を貫く人を見ると、何もする気が起きなくなりますもの」
アイビーが挑発的に笑う。
「それに、どうしてか貴方、私と同じニオイがしますの」
「かたじけない」と頭を再び下げる黒峰。
アイビーはそれからヴィルバーの方を向き、睨む。だが、前より殺意をもって睨むことが出来ないようだった。悔しそうに手をアイビーは握り締める。
「お礼は、言いませんわよ」
アイリスにはそれが負け惜しみにしか聞こえなかった。どんなに言っても、ヴィルバーはアイビーを救った。その事実は変わらないのだから。だが、アイビーの気持ちも一応理解できる。殺意を持って戦っていたのに、その相手に情けを掛けられるのは気持ちのいいものではないだろう。
「気にしなくていいっスよ。別に礼を言ってほしくてやったんじゃないスから」
殴られた箇所がまだ痛むようで、そこを押さえながらヴィルバーは笑う。アイリスは何故ニーベルはアイビーの傷は治療してヴィルバーの方は放置しているのかと思ったが、今のニーベルは病人だ。無理を言うものではない。それに大体見当は付いている。——きっと、素で忘れているだけなんだろうな……。
「じゃあ、なんのために……?」
アイビーが不思議そうに聞く。彼女の言うことはもっともだ。自分を殺そうとした相手を助けるなんて普通ではあり得ないことだ。例えるなら、自分に意味もなくいきなり噛み付いた野生の凶暴な野良犬を愛でるようなもの。アイリスには理解できない。
「ええと、それは、あの……」
ヴィルバーはまるで他人と話すときのニーベルのように、歯切れ悪く喋りながら顔を隠すように俯く。そのせいで顔は見れなかったが、どうな表情をしてるかは予想できた。ヴィルバーの明るい茶色の髪の毛から見えた耳が、これでもかというくらい赤く染まっていたからだ。——まさか、嘘だろう……? アイリスは顔を引きつらせた。
「アンタが、その」
「私が?」
アイビーが聞き返す。どうやら気付いていないようだ。ということは、ヴィルバーははっきりといわなければ駄目らしい。
「ああああああ、もう!」
ヴィルバーが自棄になったように顔を上げる。その顔は先程見えた耳と同じように赤く染まっていた。
「アンタが可愛くて仕方がなくてどうしても助けたいなんて思ったからじゃ駄目っスかアァァ……!」
「へ」
またもや間の抜けた声。今度はアイリスの関与はなく、それはアイビー自身からのみ出た言葉だった。
暫しの沈黙。その間ヴィルバーは若干涙目で息を乱していて、ニーベルと黒峰はにこにこと笑っていて、アイリスは今だに顔を引きつらせていた。そしてアイビーはというと、最初その言葉の意味を理解できていなかったようだが、ようやく気がついたようで、みるみる顔をヴィルバーのように赤く染まらせていった。
「ば、ばばばば馬鹿じゃなくて? 普通、自身を殺そうとした相手を可愛いだなんて思いませんわよ!」
ヴィルバーを思い切り罵倒するアイビー。だが、彼女に嫌がっている素振りはなかった。——こっちも、満更でもないってか。どうなってんだろうな。アイリスが、はあ、とため息をつく。
「と、とにかく!」
アイビーはニーベルや黒峰から離れ、ヴィルバーによって壊された電動鋸を拾いに行き、それをスカートの中にしまう。最初もやっていたが、あれは一体全体どういう仕組みなのだろうか。
「これで私は帰らせていただきますわ」
アイビーはその場にいる全員に背を向け、帰ろうとする。
さらに分割! 長いって言いましたからw