ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ロンリー・ジャッジーロ 第二章-9 ( No.73 )
- 日時: 2010/05/30 17:34
- 名前: こたつとみかん ◆KgP8oz7Dk2 (ID: J0KoWDkF)
- 参照: よーやくだー!
第三章『鐘の戯言、菖蒲の羞恥』①
白色のマス目と黒色のマス目が規則的に並べられた盤の上を、これまた白色の駒と黒色の駒が交互にひとつずつ動いていく。それらの形は一種類ではなく、騎士の形の駒や僧侶の形の駒、塔の形をした駒などがある。一つひとつに特有な動き方があり、最初はきちんと駒が並べられていた盤上も、しがいに複雑に入り乱れていった。
白色の騎士の形の駒が、黒色の王冠の形の駒を盤上の隅に追い込んでいく。黒色の王冠の形をした駒は、逃げながら少しずつ自分の退路を確保している場所へ逃げていく。
黒色の王冠の形の駒が退路に行きついたとき、その退路に白色の塔の形をした駒が立ち塞がる。つまり逃げられない、いわゆる「詰み」の状態だ。そして、細腕一本で白色の駒たちを操っていた者が一言、
「……チェックメイト!」
嬉しそうにそう言った。
黒色の駒たちを操り、見事に敗北してしまった者は頭を抱えて残念がる。その際にその者の持つ銀色の長い髪の毛がふわりと動く。
「あぁぁ、遂に負けた……。強くなったなあ、ベル」
ベルと呼ばれた緑髪の少女、ニーベル・ティー・サンゴルドは満面の笑みで銀髪の少女、アイリス・フーリー・テンペスタに向かって二本の指でVの形の文字を作り、前に差し出して見せる。
「私だって頑張ったんだから!」
道端で大金でも拾ったように喜ぶニーベルに対して、アイリスは道端に大金を落としたように絶望的な表情をしていた。ただ盤上の遊戯に負けたくらいで何故そこまで落ち込むのかというと、この家で取り決められた二人の約束にある。
「一週間に一回だけやるこの盤上の遊戯での敗者は、勝者の言う出来る範囲のことを何でもひとつだけ従う」という、当初は半ば冗談で決められた、この約束にあった。
今まではアイリスが勝っていた。ニーベルに対する要求は「材料の買出し当番を代わる」や「家の掃除当番を代わる」などだったが、ニーベルはずっと負け続けていたのだ。鬱憤は相当溜まっていることだろう。
それが今日、一気にぶつけられる。考えるとアイリスは更に鬱々とした表情になった。——どんな要求が待っているのやら。今日は私の掃除、買出しの当番だからもっと別のことを言ってくるだろうな。
ニーベルは人差し指をくるくると廻しながら考え、やがて思いついたようで、会心の笑みを浮かべ、
「決めた!」
そう言って廻していた指をアイリスに向ける。
「アイリは今日一日、『女の娘』格好をして過ごす!」
高らかに宣言するニーベル。しかしアイリスには意味がよく伝わらなかったようで、頭の上に「はてな」マークが軽く二、三本くらい立っているような表情をしていた。
「私は元より女だけど……」
アイリスはそう答えるが、ニーベルは「ちちちち」と舌を鳴らしながら指を左右に振った。
「『女の子』じゃなくて『女の娘』よ。つまり、」
もう一度人差し指を、今度は更に強く差して見せた。
「そのジャケットにハーフパンツっていうボーイッシュなコーディネートを廃止して今日一日はワンピースとかスカート着なさいっていうこと!」
大分長い説明だったが、ニーベルはこれを約六秒で一度も舌を噛まずに言ってのけた。
アイリスはニーベルが何をしたいのかが理解できず、「意味不明」というような表情をする。
そんなアイリスをよそに、ニーベルは話を続ける。
「大丈夫。服は私のを貸してあげるから。だけど、身長的に丈が足りなかったらごめんね……?」
そう言いつつアイリスにニーベルは笑いかける。その笑顔がアイリスにとって、とても怖く見えたのは気のせいだったのだろうか。
アイリスはその笑顔から逃れるように部屋の隅に逃げていくが、ニーベルがじりじりとそれを追い詰めていく。先程の盤上の遊戯のように。
「カバディ」。アイリスとニーベルがそう言い出しそうな雰囲気の中、不意に家の玄関の扉が開かれる。乱暴に開けられたおかげで家全体が少し揺れ、食器が軽くぶつかり合うかたかたという音が聞こえ、フェードアウトしていった。
その音を作り出した主はどうやら走ってきたらしく、家に入るなり乱れていた息を一旦落ち着かせ、そしてばたばたと家の中に上がりこんできた。
黒いロングヘアーにアイスブルーの瞳、大人びた顔をした顔をしているその訪問者は、二人に——というかニーベルに近づいていき、そして抱きついた。
「聞きましたニーベル姉さま。風邪が治ったんですね!」
「デ、ディオ! どうしてここに……?」
ディオと呼ばれた訪問者の少女こと、ディオーネ・アルハイン・ダウストリアはニーベルの質問に答えるべく一度身体をその小柄な身体を離し、そしてにっこりと笑う。
「近くを通ったら姉さまの元気なお声が聞こえたんです。もしやと思って来てみたんですけど、やっぱりでした! ……それにしても、」
ディオーネはアイリスをニーベルが追い詰めている状況を一目見て、不思議そうに首を傾げる。
「ニーベル姉さまとアイリスさんは何をしているのですか?」
指摘されたニーベルは目を逸らすように上を向いたり下を向いたりしていたが、「うん」と一言、何かを決めたようにディオーネの目を見る。
「あのね、ディオ。えと、……これから、アイリを着替え、させるから……、その、よかったら、手伝ってくれないかな……?」
ディオーネは未だに状況をよく理解できていなかったが、「他ならぬニーベル姉さまのお願いですから」と胸を得意げに張って見せる。ニーベルはその反応を見て、嬉しそうに微笑みお礼を言った。
ニーベルがアイリスに近づいていき、ディオーネがその退路をふさぐという連携の取れた陣形で壁際まで徐々に追い詰めていく。その怖いほどのプレッシャーに、アイリスは少々涙目だ。
「大丈夫だよ〜。怖くないよ〜」
「アイリスさん、悪く思わないで下さいね〜」
わざと語尾を伸ばしながら話す二人は、ある種先日のアイビー以上に恐怖を感じた。段々と二人は、近づく速度を速めていく。ほとんどすり足だから、ゆらゆらと幽霊を思わせる動きにアイリスは見えた。
お互いの距離がもう手を伸ばせば届くほどになったとき、アイリスはもう耐え切れないと、ぎゅっ、と眼を瞑った。
それを好機と思った二人は、同時にアイリスに襲い掛かる。
「やめてェェ……!」
アイリスの必死の叫び声も空しく、ただ空気中に響くだけだった。
分割ですねぇ^^