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Re: ロンリー・ジャッジーロ 第三章-1 ( No.77 )
日時: 2010/06/05 18:36
名前: こたつとみかん ◆KgP8oz7Dk2 (ID: bGx.lWqW)
参照: 時間が欲しいなぁ…orz

第三章『鐘の戯言、菖蒲の羞恥』②

 ヴィ・シュヌール中央地区の西通り、食材を求め、人々が好んでここに通うこの時間帯にアイリスはいた。
 普段のアイリスも、その容姿と今までの便利屋の実績で相当名が売れている方だが、今日は服装もあってか一段と人目を引いていた。
「おい、見ろよ」と誰かが呟いた。「あれって……」と誰かがアイリスに眼を向ける。「『菖蒲』の斧使いだな」と禿頭の男が思い出したように言う。「何? あのカッコ」と若い女が嫉妬混じりに睨む。「斧も持ってねェし」「やば、カワイイ……」「今日はいつもより目つきが悪いわね」「何してんだ?」「声でもかけるか」「止めなよ。殺されるよ?」「斧持ってねェから大丈夫だろ」「ポニーテールか……」「頭でも打ったンかァ?」「戦い難いだろ、あれじゃ」「阿保か。今は私用だろ」「若干顔が赤いな」「照れてるんでしょ。意外とシャイなのね」「今まで見たことないな、あれ」「心機一転でもしたンじゃね?」「ねぇ、あの娘ウチの店に入れない?」「馬鹿、あの娘は便利屋よ?」「もう一人いねェなあ……」「ニーベルだっけ?」「あの娘もカワイイよな」「なあ?」「俺的にはこっちだな」「やだやだ。男ってすぐ順位とかつけたがるんだから」
 ——五月蝿い。それらの言葉全てを一身に浴びるアイリスは苛立ちながら西通りを歩いていく。歩くたびに人々が振り向いてアイリスを見るため、目立たないように道の端を歩いても意味がなかった。いつもより肌を露出させているせいか、当たる風がやけに冷たく感じられた。
 出来るだけ前は見ないようにと、足元に眼をやりながら歩いていると、靴の先に何か紙のようなものが当たるのをアイリスは見た。しかしそれは一枚の紙というには厚く、紙というよりカードに近かった。アイリスはそれを拾い上げてみる。赤いハートの形が幾つか描かれたものだった。いわゆる、トランプである。しかもそれは一枚だけではなく、アイリスの前に沢山散らばっていた。
 見ると、黒いワンピースを身にまとっている、金髪で水色のパッチリとした大きい瞳の小柄な少女がせっせと散らばっているトランプを拾っていた。その少女を見下ろすように、頭の軽そうな、モヒカンヘアの男が怒鳴りつけていた。かろうじて聞き取れる内容としては、インチキだとか騙しだとかいう言葉が聞こえる。
 気になって行ってみると、なにやらもめているようだった。怒鳴る男に対して、小柄な少女が半泣きで反論をしている。
「で、ですからぁ、インチキでもないですし、芸を見せたんですから許してくださいよぅ……」
「ハアアァァ? あんなモンで許されると思ってんのかァァ……? 芸が出来ねェなら金を置いてけっつってんだろォが……! 俺ン靴汚したンだからよ、それくらいはしやがれ!」
「そんなぁ……」
 どうやら、男が小柄の少女に靴を汚されたと因縁をつけている所らしい。アイリスは別段知り合いでもない人間を助けるほどお人好しではないので、そのまま通り過ぎて買い物を済ませようとしたが、ふと、記憶の片隅に何かが引っかかった。最初は何か判らなかったが徐々に鮮明になっていく。——そうだ。四年前、ここでベルと会ったんだったな。
 特に意味もないことを思い出しつつ、先を急ごうとした矢先、
「公衆の面前でよくそんな恥ずかしいコトが出来るな。鳥頭」
他の誰でもない、アイリスが男を嘲笑した。正直この行動はアイリス自身も驚いていたが。もう火は点いてしまったのだ。やるしかないと心に決めた。
「テメェ……。今なンつったァ?」
 男が眼を剥いて振り向く。だが、アイリスはもう男を見ていなかった。——先手必勝。こっちを認識する間なんてくれてやるものか……! アイリスはその場で身体を後ろに反らせるように跳び、右足を振り上げ、振り向いた男の顎にスカートが翻るのも気にせずにサマーソルトキックを見舞った。乾いた、気持ちの良い音が男を見ていないアイリスの両の鼓膜に伝わる。——見なくても判る。これはクリーンヒットだ。