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Re: ロンリー・ジャッジーロ 序章前・後 ( No.8 )
日時: 2010/08/06 15:59
名前: こたつとみかん (ID: eMnrlUZ4)
参照: 牛乳プリンはプレーンで!

第一章『愚かなる華』①

 ラグナロクから、二千十年後。新文明の年号では、古代共通語の「〜の後」と言う意味である単語の頭文字の「A」と、ラグナロクの古代共通語表記での頭文字の「R」で「AR・二千十」と表される。
 ここは無法国ヴィ・シュヌール。国であって国でない、世界六大国のひとつだ。
 この国は政治がない。故に、荒れている。もちろん法律のようなものなど存在しないから、強奪や恐喝は当たり前、殺人でも咎められない。警察だっていない。ただ、人々の良心で創られた暗黙のルールがあるだけだった。古代人が言ったと伝えられる「人民の人民による人民のための政治」と言う言葉もあるが、この国は度が過ぎている。
 この国で生きていくには大まかに五つの仕事がある。一つは「酒場経営」、一つは「武器製造師」、一つは「商人」、一つは「泥棒」、そして一つは、他人からの依頼を受注し、それを果たして報酬金を稼ぐ「便利屋」などがある。
 荒れ果てたビルが乱立し、路上には酔っ払いや薬物中毒者が平気で寝ている。一定間隔で建てられた電柱は、機能しているのか判らないような状況だった。露店は強盗が入った後なのか荒らされ、店の主もいないただのオブジェと化している。近くでは狂ったように新しく購入したらしい短刀を振り回している男がいる。一言でこの状況を言い表すなら、「最悪」だ。
 それでも一応整備されたヴィ・シュヌール中央地区の大通りを鮮やかな銀髪の少女こと、アイリス・フーリー・テンペスタがその長髪をなびかせながら歩く。その右腰には、いつも通り高周波斧がぶら下がっている。左の手には、防熱布にくるまれたスルトの頭角がある。
 その後ろからは気弱そうな少女こと、ニーベル・ティー・サンゴルドがよたよたした足どりでついていく。普段持っている何かの樹の杖には紐をつけ、肩に提げている。
 アイリスたちは暫く歩いた後、ひとつの小汚い建物の前で脚を止めた。そして身体の向きを変え、建物内に入っていく。
 建てつけの悪い木製の扉が、ぎ、ぎ、ぎ、と不気味な音を奏でながら開く。中は酒場だ。厳つい男たちがそれぞれの集団で酒を飲んでいる。見ると、全ての人間が武器を所有している。皆、ここの酒場に集まる便利屋だ。ここに来るということは、アイリスやニーベルも便利屋である。店内には煙草や酒、薬物などが入り混じった酷い匂いが充満している。その不快な空気にアイリスの顔が少し歪む。
 それからアイリスはため息をひとつつき、足早に酒場の主の下まで歩いた。
 カウンターにいた初老の男性バーテンダーに声をかけ、防熱布にくるまれたスルトの頭角をテーブルの上に置いた。
 「討伐完了だ」
 その一言とテーブルの上に置かれたスルトの頭角を見て、初老のバーテンダーである酒場の主は驚いて磨いていたグラスを落として割りそうになった。酒場の主は持っていたグラスを棚に戻し、心底驚いた表情でアイリスを見て言った。
「ほ、本当かい? 男の便利屋が五人出向いて返り討ちにされた依頼だよ。これは」
「嘘だと思うならその防熱布を取って中を見ればいい。ちゃんと頭角は入ってる」
 そう聞き、酒場の主は店の奥に入っていった。酒場の中では、今のやり取りを聞いていた便利屋たちがざわめきを起こしていた。その数分後、防熱布製の手袋をはめて酒場の主が戻って来た。
 酒場の主は器用にスルトの頭角が入っていると言った物体の防熱布を取る。その中には、スルトのものと見て間違いない赤黒い頭角が入っていた。頭角は今でも湯気を立てている。酒場の主はそれを確認すると、頷いて再び頭角に防熱布を巻いた。
「ああ、確かに討伐を確認したよ」
 そう言い、再び店の奥に頭角を持って入っていった。気が付くと、酒場内のざわめきはいつしか大きなどよめきに変わっていた。その数分後、酒場の主は中に何か入った袋を持って来た。中には硬貨や札束が入っていた。これは世界の共通通貨である。
「報酬金の十一万ダルズだ。受け取りな」
「ああ」
 アイリスたちが報酬を受け取り、出ようとすると、出入り口の前に三人の男たちが立ちはだかる。すでに三人とも、それぞれの武器を抜いている。
 三人のリーダーのような男が口を開いた。とても下卑た声だ。
「女のコがそンな大金持ってちゃいかンだろう。こっちに寄こしな。嬢ちゃンたち」
 ——あきれた。なんて単純なのだろうか。そうアイリスは思った。このような連中は相手にしないほうがいいと、アイリスは無視して店を出ようとした。
 無視されたのが癇に障ったのか、リーダーのような男が怒って肩を掴もうとしてきた。
「オイ、待てコラァ!」
 しかし、掴もうとしたその手は何も掴めなかった。
 紙一重、アイリスは身体を右回転に捻って、リーダーのような男の腹に強烈な後ろ蹴りを放った。カウンターだったので威力は強く。男の身体は近くのテーブルの上に叩きつけられた。グラスが割れる音が盛大に店内に響く。
 それからアイリスは、呆気に取られている左にいた男に右上段蹴りを放ち、かかとを高らかに振り上げ、それを正面にいた男の頭頂部に落とした。
「……触るな。下衆が」
 アイリスはそう言い、店の木製のドアを乱暴に開け、店を後にした。その後ろにニーベルがついていく。そのとき、ニーベルは一度店内に顔を向け、苦笑し、一礼して言った。
「えと……お騒がせして、すみません……」
 ニーベルも出た後、店内は何ともいえない雰囲気に包まれていた。

 店を出た後、ニーベルはアイリスに問いかける。店内にいたときとは違う、明るい声だ。
「ね、アイリ。もう夕方だし、そろそろ家に帰ろうか」
「そうだな、ベル。今日はもう疲れたし、ご飯食べてシャワー浴びて寝よう」
 アイリスは店内にいたときには一度も見せなかった笑顔で答える。
「今日の晩御飯は何を作ろうかな。アイリは何が食べたい?」
 アイリスは少し考える動作をした後、満面の笑みで言った。
「ベルの作る物なら何でもいいよ。任せる」
ニーベルも満面の笑顔をつくった。
「じゃあ、これから適当に食材買って行こう。お金も入ったし、今日はご馳走作るよ!」
 夕日が照らす大通り、夕暮れ鳥の鳴き声を聞きながら、少女たちは仲良くその道を歩いていった。