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Re: ロンリー・ジャッジーロ 第三章-4 ( No.84 )
日時: 2010/07/05 18:07
名前: こたつとみかん ◆KgP8oz7Dk2 (ID: dsoi.OWL)
参照: お待たせいたしました!

第三章『鐘の戯言、菖蒲の羞恥』④

 モヒカンヘアの男とその仲間は朱雀門の中に入り、アイリスとリースの姿を見るなり近づいて来て、二人が座っていた席のテーブルを乱暴に蹴り飛ばした。リースは一瞬目を瞑り、驚いた様子だった。周りにいた他の客たちも、何事かと振り向いてアイリスたちの方向に目をやったが、モヒカンヘアの男とその仲間に睨みつけられるとすぐに目をそらす。
 相手はモヒカンヘアの男も含めて、四人。いずれも力に自信がありそうな強面の男たちだった。
 ——姉御は店の奥に戻っていったからいないし、カイはアイビーと店の外に出て行ったからここにはいない。状況は最悪だ。アイリスが頭の中であくまでも冷静に今の状況を分析している中、リースはその小柄な身体を震わせて怯えていた。モヒカンヘアの男は額に血管を浮かび上がらせて、明らかに怒っている様子だった。——無理もないか。と、アイリスは苦そうな顔をする。
「そこの銀髪とチビ……。用件は判ってんだろォなあ……!」
 逃げようにも、出口は彼らの後ろにあり、とてもではないが通り抜けられるには困難だ。
 頼れる味方もいない。使い慣れた武器もない。絶体絶命といえば、正にその通りの状況であろう。必死に対処の仕方を考えているアイリスに対して、モヒカンヘアの男は無情にも力強く握った拳を放ち、それがアイリスに直撃する——、
「うううぅ————————!」
はずだったが、その拳が当たる前に、リースが最初から持っていた大きな金属製の鞄を遠心力を利用するように体ごと回転させて放ち、それがモヒカンヘアの男の眉間にカウンターの要領で当たった。ごちん、などとコミカル的な生やさしい音ではなかった。間違いなく、何かが砕ける鈍い音だった。
 モヒカンヘアの男は悲鳴も叫ぶ余裕がなかったのか、声を上げずに吹き飛び、近くのテーブルの上に大の字になって昏倒した。——喰らう喰らわない以前に、あれ、命が大丈夫なのか……? アイリスはこの様子に顔を引きつらせて絶句した。
 他の男たちも同様に絶句し、思考が通常に戻る前にリースは次の行動に移っていた。リースは持っていた金属製の鞄を足元前方に置き、両手で胸の辺りで手を組んで、呟く。
「助けて。ヘルメス……!」
ヘルメスはオリュンポス十二神の一柱。旅人、泥棒、商業、羊飼いの守護神であり、神々の伝令役を務める。能弁、体育技能、眠り、夢の神とも言われる。ヘルメスはゼウスとマイアの子とされ、特にゼウスの忠実な部下で、神話では多くの密命を果たしている。代表的なのは百眼の巨人アルゴスの殺害で、このためアルゴス殺しの異名がある。死者、特に英雄の魂を冥界に導く死神としての一面も持ち、タキトゥスは北欧神話のオーディンとヘルメスを同一視している。また、アポロンの竪琴の発明者とされる。これはローマ神話におけるメルクリウス(マーキュリー)に相当するとされ、水星はギリシアではヘルメスの星といわれ、これはローマ人にも受け継がれた。古代ヨーロッパ諸語でメルクリウスに相当する語を水星に当てるのはこのためである。
リースの黒いワンピースの裾と黒色のハイソックスの間に露出されている肌に、切り傷のような形の魔術回路が現れ、それが紫色に光る。これは雷(インドラ)と炎(アグニ)の魔力だ。
「かき鳴らせ、滅びへと導く哀しき鎮魂歌を。それは愚者の罪全てを許すもの。空よ大地よ、哀れな世界に施しを……!」
そう詠唱している間、リースは器用に足の先で足元に置いてある金属製の大きな鞄を少し強く蹴った。すると、そうなる細工でもされてあったのか、鞄が勢い良く上方向に開いた。出来立てのポップコーンの如く弾けだした鞄の中から出た物は、アイリスが先程見たトランプの束に何やら黒く短いステッキ。そして黒いシルクハットという、まるで『手品』をするための道具の数々が出てきた。アイリスの視界に映る限り、他にも色々鞄の中に入っているみたいで、何故この三つだけが飛び出したのかという疑問が浮上したが、今はそんなこと言っている場合ではないと意識を戻した。
リースは詠唱が終わると同時に、まずシルクハットを取って自分の頭にかぶせた。サイズが合っていないのか、目が少し隠れている。続いて右手にステッキを、左手にトランプの束を取る。そして、トランプを束ねている紐を口で破って空中にばら撒いた。
物理の法則に則るならトランプは地面に落ちてしまうのだが、そうはならなかった。
五十四枚のトランプ全てがリースの両側面から前面にかけて面積が広い面を上下に向けた状態で空中に浮遊していた。
「GO……!」
 古代共通語で「行け」という意味の言葉を発しながらリースがステッキを前方に振ると、全てのトランプが例外なく青色の光を纏い、男たちに向かって跳んでいった。
 ——電磁鳥……? アイリスはこの魔導が移動用であることを知っていた。だから電磁鳥をこのように攻撃に使うところは始めて見たため、動揺が隠せなかった。
 ただ、この魔導にはそこまで質のいい魔力が込められていないようで、本来より持つ岩に突き刺さるほどの貫通性はなく、ただゴム弾丸が当たったような「痛そうな」音が聞こえてくるだけだった。
 だが、逃げるだけの隙を作るには十分な行動だった。
 金属製の鞄を拾ったり、撃ったトランプを回収する暇を与えずにアイリスはリースの腕を掴んで店の出入り口へと走り出した。
 突然腕を掴まれて驚いているリースを無視し、乱暴に出入り口のドアを開ける。
 出た瞬間、何かとぶつかった。
「……あァン?」
 目が虚ろで、意識がほとんどないような表情で振り向いたのは人目で薬物中毒者だと判断できる男だった。
 その男はぶつかってきたのがアイリスだと判断すると、急にぶつかった場所——左腕を押さえて痛がり出した。明らかな演技である。こうして、治療代だの何だのを奪い取るつもりだろう。そして何か打ち合わせでもしていたのか、朱雀門の出入り口へいたる所から仲間と思われる男たちが現れてきた。全員がアイリスへ敵意を向けている。人数は軽く十は越えている。——さっきの倍以上か……!
 アイリスはよくこういう輩たちを目にしてきたし、襲ってきたところを何回も返り討ちにしてきた経験があるが、今回は勝手が違う。
 まず人数が多すぎる。高周波斧を持ち、万全の状態で戦ってもこの人数には太刀打ちできそうにない上、今回は高周波斧もなければ鉄板仕込みのブーツもない、丸腰の状態だ。活路を開いてくれたリースはもう先程の行動で精神がショートしているように呆然としている。万に一つも勝機が無い、一難去ってまた一難とはこのことか。
 店には戻ることは出来ない。だとすると、またここを通り抜けていくしか道はない。
 ——精霊を呼んで魔力を解放させれば何とかなるか……? や、駄目だ。詠唱する暇なんてないだろうし、そもそもあんなものに頼りたくない。でも、今はそんなこと言ってる場合じゃ……。アイリスはいよいよ混乱に陥ってしまいそうになる。立て続けに似たような不幸が起こり、それでも自暴自棄にならない精神をアイリスが持っていたのは流石というべきことだろう。
「おい」
 ふと、声が聞こえた。威圧感のある、それでも静かな声だった。
 アイリスを取り囲んでいた男たちが一斉に声の主の方へ振り向く。水色の髪の毛に水色の目つきの悪い瞳。カイだ。その隣にはアイビーがいる。ちょうど会話が終わって戻って来たようだ。
「……なンだァ?」
 アイリスとぶつかった男がカイを威圧しようとにらんだ。が、ヴィ・シュヌール国内で最強と謳われた三人のうちの一人が放つ威圧感とは、猛虎とネズミの差があった。その証拠に、カイはそれにまったく臆することなく一歩近づく。
「貴様ら。そいつに手出しをする気か……? ……なら、」
 カイは左手でコートの内側の右腰のところから、刃渡り四十センチくらいのダガーナイフを取り出す。
「遺言は済ませたか……?」
 次に、右手でコートの内側の左腰のところから、刃渡り三十センチくらいの普通より短い神刀を取り出す。
「神様へのお祈りは……?」
 それらを、カイは前方に腕を交差させるように構えた。
「少しばかり地獄の釜の中にブチ込まれる、心の準備はOK……?」
 カイが走り出す。


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