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Re: ロンリー・ジャッジーロ 第三章-4 ( No.86 )
日時: 2010/08/04 17:40
名前: こたつとみかん ◆KgP8oz7Dk2 (ID: 6oBlKSV1)
参照: 講習は辛いー! へるぷみー!

第三章『鐘の戯言、菖蒲の羞恥』⑤

 時は少し遡り————、ヴィ・シュヌール西地区、“地獄通り”にあるアイリスとニーベルの家の中。
 アイリスが出て行った後、ヴィルバーが来たとことでニーベルはようやくアイリスが高周波斧を持たずに出かけたことを思い出す。すると、ニーベルの顔がすごい勢いで青ざめていく。彼女はアイリスのもうひとつの武器である、鉄板仕込みのブーツで非力な蹴りの威力を上げていたことも知っているため、丸腰状態で外へ出かけさせたことを後悔しているのだろう。
 今にも泣きそうなニーベルの表情を見て、焦ったディオーネは心配させないように声をかけようとする。
「あの、きっと大じょ……」
「ま、まあまあ! 心配要らないっスよ!」
 その声に被せるように、ヴィルバーが必死に泣かせないようにニーベルを慰める。こっちも焦っていたせいか、ディオーネの声など聞こえなかったようだ。ニーベルもまた聞こえていなかったようで、顔をディオーネに向けずにヴィルバーに向けた。
「なんなら、俺が探して来」
 ヴィルバーはその次からの言葉を言うことはできなかった。いきなり顔、しかも鼻の辺りに何か硬い物がぶつかり、床の上に倒れてしまったからだ。
 ニーベルは目の前で何もしていない。すると、害を加えたのはディオーネだろう。彼女は金属製の、折りたたみ式の携帯ロッドをその手に持っていた。
 それは伸ばしきると二メートルほどの長さになり、先端は左右に十五センチほど伸びている。ロッドというよりメイス、ハンマーに近い形状だ。加えて、素材は土(タイタン)の属性の魔力で鋳造された金属であり、いくら内部が空洞の折りたたみ式といっても、硬度や耐久度は並みのそれではない。不意打ち、しかも顔面にクリーンヒットとくれば、大の男といえども悶絶する痛みだ。
 痛そうに顔を上げ、鼻を押さえながら上半身だけを起こしたヴィルバーをディオーネが睨みつける、アイスブルーの瞳が憤怒の炎に燃えていた。睨みつけている張本人以外の二人は何がどうしてこうなったのか判らなかった。
 ディオーネが睨んだまま口を開く。
「男が……。あの忌々しい男が、私とニーベル姉さまの会話を遮ってんじゃないですよ……!」
 ヴィルバーには訳が判らなかった。とにかく落ち着かせるべきだと思い、声をかけようとする。
「あ、あの……」
 その声に、より一層憎悪を上乗せした瞳でディオーネは睨みつける。持っている金属ロッドを握る手が、さらに強く握られる。
「男が……、私に話しかけてんじゃないですよ……!」
 金属ロッドをヴィルバーのこめかみを狙うように、右回しのモーションでディオーネが振り回した。
 いくらなんでも致死確実のそれを喰らう訳にはいかないヴィルバーは、不本意ながらも応戦、というか防戦する決意をした。
 彼の行動は至ってシンプルなものだった。
 まず頭を後ろに倒し、自身のこめかみを狙った金属ロッドを避ける。そして、その反動を利用して右足を振り上げ、金属ロッドの根元を蹴り上げた。使用者は子供で非力だ。物理の法則に則れば、簡単に武器は取り上げることが出来る。ヴィルバーはそれを狙った。
 案の定、ディオーネは金属ロッドを手放し、手放したそれはキリモミしながら宙を舞い、偶然にもため息をついているヴィルバーの手の上に収まった。
 その様子を見て、ディオーネはぎりりと悔しそうに歯軋りした。
「……やりますね。なら、」
 ディオーネは大き目の青いローブの右袖に反対の手を掛け、肘のところまでまくった。
「お願い。ピクシー……!」
 少女の右腕に刻まれた、魔術回路がニーベルと似たような色に光った刹那——、
「そこまでだ」
ぱぁんという乾いた音と共に、三人のいる空間の中に誰かが入ってきた。
 目を向けると、手を叩いた後のような仕草をしている、やけに身なりのいい少年——ニコ・ザンティ・ネバートデッドと、従者のレイジーとブランク・ベルハム・ラピオロルゼがいた。
 居間にいた人間の中で、ニーベル以外はニコのことを知らない。だから何故このような少年がこの家に入ってきたのか不思議でならなかった。
 ニコのことを知らない二人の視線を気にもせず、視線を向けられている少年は居間に入ってくるなり、ディオーネの近く音もたてずに行き、その右腕を掴みながら呟いた。
「“Command”……It is“Withdraw”(“命ずる”……“撤回”だ)」
 咄嗟だったので意味までは理解できなかったが、どうやら古代共通語のようだ。
 すると、先程まで輝いていたディオーネの魔力回路は力をなくしたようにその光の瞬きを止め、元の何もない状態に戻った。その腕を持った状態のまま、ニコはニーベルを見た。
「ニーベル・ティー・サンゴルド。これは貴様の教え子だろう。軽率に魔力解放しないという一般常識くらい叩き込んでおけ」
 それを聞いてニーベルはニコに対して謝るほかなかった。その態度を見たディオーネは不機嫌そうに自分の師が謝る相手を見る。が、その歳に似合わない、有無を言わさない眼光と威圧感で黙らせられた。蛇に睨まれた蛙、というのが最も適当だろうか。そんな様子でディオーネはニコの腕を離れてニーベルの背中の後ろに隠れていった。恐怖を感じたのだろう。
 ニコはニーベルに視線を戻す。
「……で、通りがかって来てみたんだが。何の騒ぎだ?」
「ええと、それが……」
 話そうとするニーベルを止めるように、ニコは彼女の口元に指を立てて見せた。
「まあ待て。客人を立たせたまま話し出す奴があるか。客間へ通せ」


いつもながら、分割。(その差一分弱)