ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ロンリー・ジャッジーロ 第三章-6 ( No.94 )
- 日時: 2010/08/22 19:03
- 名前: こたつとみかん ◆KgP8oz7Dk2 (ID: J0PYpSvm)
- 参照: 名残惜しき、夏休み。
第三章『鐘の戯言、菖蒲の羞恥』⑦
蒼い髪の少年の後ろを追い、暫くして彼が立ち止まった。どうやら目的の医療施設に着いたらしい。
そこは医療施設というには不衛生的な建物だった。二階建てのそれの外から見る壁にはスプレー缶で書かれたと思われる、罵倒した言葉が書いてあったし、所々の窓は割れていた。門から続く庭は何処からが庭で何処までが通路なのか生い茂った雑草で判らないほどだ。そして何より、どこの窓にも電気が付いている気配がなく、人が住んでいるのかどうか判らない状態だった。
エリックは蒼い髪の少年に本当にここが医療施設なのかどうか聞こうとしたが、蒼い髪の少年は雑草を掻き分けながらその中に入っていってしまったので付いていくしかなく、その後にイーファを先頭に、次々と“家族”がその建物へ入っていった。
蒼い髪の少年がその建物のドアを勢い良く蹴りつけて開けた。そのドアは押し戸だったので壊れることはなかった。彼は開けるなりその建物の奥へ向かって呼ぶように声を出した。
「イーウェイのじーさん、いるかァ?」
彼がそう言うと、外の光が届かない奥の暗がりの中から何かが動き、ずりずりと何かを引きずるような音とともにそれは向かってきた。
引きずるほど大きく、深い藍色のローブを羽織ったそれは老人のようで、蒼い髪の少年の言葉とその顎から伸びる長い白い髭で男性と察することが出来た。外の明かりに照らされて顔が見えるようになった。彼のまぶたは常に閉じられており、前がはっきり確認できるのか疑問だったが、躓かずにここに歩いてこれたということは見えているのだろう。その表情は微笑んでいるように見えるが、それは顔に刻まれた多数のシワによるもので、本当の表情は判らない。髭の先に赤いリボンが雰囲気にあっていなかったが、別段今口出しすることではないと彼を見た全員が判断した。
蒼い髪の少年が親指で老人を指し、イーファのほうへ振り向いた。
「これ、イーウェイっつうじーさんなんだけどよォ、こう見えて医療技術に優れてンだ。そのガキの風邪にも最善の処置が出来ンだろ」
そう言うと彼はイーファの腕から少年を奪い取り、肩に担いで今度はイーウェイという老人を見た。
「じーさん、何か手伝えることあるか?」
イーウェイはいきなり来て、しかも相手が貧民街の子供たちだというのに嫌な顔ひとつとせずに愉快そうに笑った。
「ほっほっほ。お主、よく小生がここにいることが判ったのう」
「じーさんが昼間に街角で歴史語ってて夜はここで寝てるって大抵の人間は知ってンぞ? 結構自分が有名人だって知らねぇのかよ」
「そうだったかのう。……まあいいじゃろう、ほれ、その少年とやらを診よう。お主は奥の寝台に運んでくれ。……それと」
イーウェイはイーファ、エリックを指差して言う。
「お主らには外の井戸から水を汲んできてもらうかのう。ふたつの桶に片方は水、片方はお湯にしてくれい。井戸の傍に着火器があるからそれを使え」
急に指名され驚きを隠せない二人だったが、断るわけにもいかなかったので潔く返事をしてその作業に取り掛かった。
イーウェイが次に指名したのはジェイルだ。イーウェイが彼に頼んだのは二階の部屋から布を大量に持ってくることだった。ジェイルは口を開かなかったが力強く頷き、承知したことを伝えた。
暫くして全ての準備が滞ると、イーウェイが頷いて少年が寝かされてある寝台へ歩いていった。
身なりのいい少年をイーウェイが治療している間、イーファは蒼い髪の少年を探していた。やがて彼が建物の外に出ていることを確認し、その元へ走って向かっていき、彼の隣に立った。そしてお互い目も顔も合わせていないまま、蒼い髪の少年は口を開いた。
「あのじーさんは治療に金を取ったりしねェからよォ、安心してお前らはもう帰っていいんだぜ」
優しい声色で彼は言った。だが、イーファは不審に思う。この蒼い髪の少年はイーファたちのことを貧民街の孤児たちだと知り、その上で手を貸してきた。今までそのような前例を経験してこなかった事であり、何か裏があるのではないかという思考はごく当たり前のことであった。
「何で、俺たちを助けるつもりになったんだ?」
不器用に警戒を隠しながらイーファは聞いた。それは隠しきれていなかったようで、蒼い髪の少年は苦笑混じりに答えた。ここにも彼の言葉にはカケラほどの敵意もなく、ありのままの言葉で喋っていた。
「別に、テメェらだったら助けなかったなんてこたァねェよ。死にそうな奴がいたから助けた。理由はそれだけありゃァ十分だろ?」
そこまで言うと彼は深く息を吸い、吐いた。吐き出したそれは空気中で白い煙となって消えていった。
それにつられてイーファも同じことを無意識にしてしまった。肺の中の隅々に行渡っていく冷たい空気は慣れなかったが、意外と心地のよいものだと知った。
暫くその余韻に浸っていて、少し間が過ぎてから、イーファは隣にいる蒼い髪の少年の顔を見た。
こうして蒼い髪の少年を見ると、彼が割りと整った顔立ちであることが判る。それを踏まえて、イーファは彼の言葉遣いがその顔に似合わないことを心から残念だと思ってしまっていた。
数秒後、自分がそう思っていたことをかつてないほど恥じた。何故そう思った理由も追求せずにぶんぶんと頭を振り、それを取り消した。
「……そういう趣味はねぇっての」
ため息混じりにそう言葉を吐くと、蒼い髪の少年は気になった様子でイーファを見てきた。見られた方はしまったといった表情を一瞬作り、ばつが悪そうに顔を背けた。
もう誰でもいいからこの空気をどうにかしてくれる者を全身全霊で求めたイーファに、救いの手を差し伸べるようにそれは現れた。