ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ロンリー・ジャッジーロ 第三章-6 ( No.95 )
- 日時: 2010/08/22 19:04
- 名前: こたつとみかん ◆KgP8oz7Dk2 (ID: J0PYpSvm)
- 参照: 名残惜しき、夏休み。
「おい、探したぞ……!」
それはどうやらイーファではなく蒼い髪の少年を探していたようで、蒼い髪の少年が遠くから走ってくるそれに反応して軽く手を振った。
それは二人いたが、両方とも見かけはイーファや蒼い髪の少年と同じくらいの年頃だった。片方は水色で目つきの悪い瞳と、これまた水色の硬そうな髪質の髪の毛が目立った少年で、もう片方は短くカットされた茶髪と、誰もが警戒心を緩めることが出来そうな穏やかな顔立ちと雰囲気が印象的だった。
水色の瞳の少年が走ってくるなり乱れた息を整え、ある程度落ち着くと少し怒鳴り気味に言った。
「貴様、どれだけ探したと思ってるんだ! 俺らはともかく、貴様の妹が心配して仕舞いにはぐずりだして大変だったんだぞ……!」
比べてゆっくり向かってきた穏やかな顔立ちの少年が、水色の瞳の少年が怒鳴っているのを見て、それを落ち着かせるように割って入った。
「まあ落ち着けよ。結局大事なくてそれで良かったじゃないか。なあ? 妹ちゃん」
先程は視認出来なかったが、穏やかな顔立ちの少年の後ろにもう一人いたようだ。それは全身を覆うような、頭さえも覆う形のコートを着ていて俯いているため身体的特徴などは見ることは出来なかった。だが一瞬顔を上げたときに見えた、綺麗な翡翠色の瞳はとても印象的だった。彼女は他三人と比べて見た目の年齢は低いほうで、ミィやニーベルに近い年頃に見える。
話を聞く限り、彼女は蒼い髪の少年の妹らしい。言われてみれば、瞳の色は違えどほんの少し顔つきが似ていた。だが彼女のほうがより整った顔立ちで、誰が見ても美少女と認識できるほどであった。
無意識に見つめていたようで、彼女はその視線に気づくと肉食動物に見つけられたウサギの如く穏やかな顔立ちの少年の後ろに隠れてしまった。
はっと我に帰って顔を上げてみると、三人の少年たちは皆イーファを見ていた。穏やかな顔立ちの少年は苦笑しながら、水色の瞳の少年は怪訝そうな表情で、蒼い髪の少年はいかにも面白そうにニヤニヤという顔をしていた。
「それはいくらなんでも……、まずいんじゃないか?」
「初対面で失礼だと思うが、まずいと思うぞ」
「オイオォイ、お前はそっちの趣味かァ?」
ナイフを刺されるが如く毒を吐いてくる目の前の少年たちに、イーファの胸のうちからは当然ながら怒りがこみ上げてくる。しかしそれは憎悪の怒りではなく、“家族”に向けられる怒りと近い感覚であった。
「そういう趣味はねぇっての!」
先程自分自身を自重させるために言った言葉を今度は少年たちに、そして更に強い調子で言った。
言われた彼らはというと、穏やかな少年は安堵したように小さく笑い、水色の瞳の少年は呆れたようにため息をつき、そして蒼い髪の少年は吹き出して声を上げて笑った。こんな和やかな雰囲気に場は包まれ、イーファはあるひとつの錯覚に陥った。
「本当に俺はこいつらと初対面だったか」と。
熱を出した身なりのいい少年を助けるために住処から走り出して街中へ来て、そこで声をかけられたのが蒼い髪の少年との出会いだったが、それが今では警戒心のカケラもなく談笑している。忌み嫌われて、恐れられて、見下されていて今日まで育ったイーファにとって初めての経験だ。そして感じた。「温かい」ということを。
いつまでもこの時間が続いてくれればいいと心のどこかで思ってもいたのだろうか。翡翠色の瞳の綺麗な少女が「帰りたい」と穏やかそうな少年に抱きついたときに、イーファははっきりと残念に思ってしまっていた。だが、ここは引きとめるところではない。
「ったく、自分の妹に何寒い思いさせてんだよ。おら、もう帰れ」
名残惜しい気持ちを自我で必死に押しつぶし、苦笑交じりに手を払うような仕草をした。たいてい、この仕草は追い払ったりするときに使うものだ。
蒼い髪の少年は舌を出しながら不真面目に返事をして、連れの少年たちに帰るように促した。
去り際、蒼い髪の少年が声を上げた。
「幼女趣味イエェ————!」
「うぜぇぇぇぇ……!」
そんなやり取りの後、もう一度彼は振り向いた。相も変わらない、楽しそうな笑顔で。
「ヒヒヒ、……“またな”ァ」
その一言を聞いたイーファは胸が熱くなるのを感じた。しかし、これは表に出してはいけないと本能が悟り、こぶしを強く握り、下唇を噛むことでそれを必死に耐えた。
やがて彼らの姿が見えなくなると、イーファはため息をついて建物のほうに振り向き、中に入ろうとすると、
「いよう。楽しかったか?」
「のわッ!」
急にエリックに声を掛けられた。よく見るとニーベルとレヴィ、ミィとジェイルもいる。
「……いつからだ」
レヴィが笑う。彼女の笑い方には蒼い髪の少年と近いものがあるなどと、どうでもいいことを感じながらイーファは回答を待った。
「最初からよォ。アンタがあの男に変な気を持ったりするとこもばっちりだったしィ」
「……変な言い回しは止めろ。レヴィ」
ジェイルがレヴィをたしなめたのにイーファは安堵した。もし彼がそうしてなかったらそこの中毒女に殴りかかるところであった。
「他の皆は邪魔しないように裏口から帰らせた。俺らもそろそろ帰ろう」
「邪魔しないように」という言葉には何か引っかかるものがあったが、ここは指摘するところではないとイーファは思い、明るく返事をした。
帰ろう。寒さをしのぐ壁もなく、雪を防ぐ屋根もない自分の住処へ。決して豊かで恵まれた生活とは言えないけれど、あそこにはある。決して冷えることのない「温かさ」が。
雪の降り積もる道を五人の“家族”が肩を並べて歩いていった。