ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: ロンリー・ジャッジーロ 第三章-7 ( No.96 )
- 日時: 2010/08/28 19:00
- 名前: こたつとみかん ◆KgP8oz7Dk2 (ID: LvO7QDqq)
- 参照: 名残惜しき、夏休み。
第三章『鐘の戯言、菖蒲の羞恥』⑧
降る雪は肌に当たり、身体の熱によって溶けていくが、不思議と寒いとは感じない。何故かは判らないが、今はそれが判らなくても充分だとイーファは思った。今この場で“家族”と並んで歩いているだけで、温かいと感じることが出来るのだから。
エリックはイーファが蒼い髪の少年と話していたことを聞きたがり、それをうんざりしながらイーファは適当に相槌を打ち、レヴィがいちいちそのことをからかい始め、ジェイルがその度に彼女をたしなめる。ミィはひっそりと彼の隣にぴったりとくっついて歩いていて、ニーベルが無言でそれを眺めていた。
時を忘れてしまっていたようで、いつの間にか“家族”の待つ寝床の近くまで帰ってきてしまったようだ。楽しい時間はすぐに過ぎるというが、イーファはそれをしみじみと体感した。
目の前の角を左に曲がれば、寝床のある貧民街の入り口となる。
五人は笑いながらその角を曲がるとする。
ぴちゃりと、不意に一番左を歩いていたエリックの頬に温かい液体がかかった。
「……あ?」
一瞬、一同はそれを見てそれが何か理解できなかった。だが、一秒もたたないうちに理解する。“血液”だと。
それに驚愕する間もなく、その血液の持ち主であろうとされる人間がエリックにぶつかり、地面に力無く伏した。それは男性で、“家族”たちも知る貧民街の住人であった。その男の腹からじわりと、赤い血液が地面の雪を染めた。
「は……?」
五人が視線を上げる。
目の前には身体の至る所から出血し倒れる者、その状態でなお歩いている者、ぴくりとも動かない者が貧民街に転がっていた。その中には、“家族”も混じっている。
「な……んだよ……!」
震える声でエリックが貧民街へ走り出した。ジェイル、イーファ、レヴィの順に続いて行く。ミィとニーベルは状況が呑み込めず、少し出遅れてしまっていた。
貧民街の広場、噴水に流れる汚泥が降る雪の綺麗な銀色を台無しにしている風景の中、逃げ回る、あるいは立ち向かっていく者たちの中心に数人、その街に似合わない先程の少年のように身なりのいい男性たちがいた。
その手には狙撃銃、機関銃、散弾銃、拳銃など、さまざまな致死性のきわめて高い武器が握られていた。それらの銃口は狂いなく貧民街の人々に向けられ、躊躇無くトリガーを引き絞っては撃ち抜いていた。
遠くを逃げる者には狙撃銃や機関銃を使い、向かってくる者には散弾銃や拳銃を使うという効率的な戦術で、彼らは怪我も無く貧民街の中心に立っている。
その様子に五人は呆然とするしかなかった。いつも通りの日常がこんな形に変わり、難なく対処できる人間の方がおかしいと言える。そのため、五人の方へ倒れてきた自分たちのよく知る“家族”にも反応することが出来なかった。
それはエリックの方に勢いよくぶつかった。その勢いはやる気を出して走ってようやくというほどの威力だった。それはぶつかったのもつかの間、糸を切られたマリオネットのように地面に落ちた。色彩の無い髪の毛、元から血色の悪い顔色はさらに悪く、透明感の無い瞳は生命の光が消えかかっていると比喩しても過言ではなかった。それの二の腕の位置には大口径の拳銃で撃たれたと思われる大穴が開いており、その千切れかけの腕からは目の前の噴水のように血は溢れ出ていた。
「フクマ……!」
エリックが叫んだ。それの名前はフクマ。五人がよく知る“家族”のひとりだ。それを見て、ようやく皆が我に帰る。
フクマは大怪我こそしているがまだ呼吸と心肺機能は停止していないようで、ジェイルが誰よりも早く行動に移した。彼は上に来ている布切れを脱ぎ、それを細く二つに破いてひとつはフクマの二の腕より少し高い位置に強く結び、出血を止めようとする。もうひとつは傷口そのものに包帯代わりとして巻き、最低限の応急処置は完了した。
顔をフクマが来た方向へ向けると、三十代の半ばくらいと思われる男性がこちらに大口径の自動拳銃の銃口に向けていた。男性の表情は正気のそれではなく、何かに憑かれていると思わせるほど、男性の顔は怒りを示していた。
男性の足元に右腿を抑えて悶えていた小汚い男が、エリックとイーファを見て叫んだ。
「こ、こいつらだ! 間違いなくこいつらがアンタの息子を抱えてどっかに連れて行ったんだ……!」
大口径の自動拳銃を持った男性はそれを聞くと、ふっ、と急に目を伏せて顔つきを変えた。
「そうか……」
そして手に持っている大口径の自動拳銃の銃口をエリックたちから足元に下ろし、
「教えてくれてありがとう」
足元にいた男の頭を打ち抜いた。撃たれた男は形容しにくい声を出し、脳漿やら血液やらを雪の上に四散させながら、そして絶命した。
その光景を見たからか、エリックの後ろでミィが声を上げ、口を押さえて地面に膝をついた。
大口径の自動拳銃を持った男性が五人の方に近づいていた。表情は先程変えたように落ち着いているように見えるが、手に握られている大口径の自動拳銃を握り締めているその右腕は、小さな子供の首を簡単にへし折ることが出来るかもしれないと思わせるほど力が入っていることが伺える。
「君たち、私の息子を返してくれないか? 先刻教えてくれた彼は、確かに君たちだと言ったのだからね」
そう言って後ろで絶命している男を指差す。
“家族”を殺されたという怒りを抑えられないようで、イーファがエリックより前に出て大口径の自動拳銃を持った男性を睨んだ。それでも男性は表情を崩さない。
「テメェ……!」
そしてついにイーファは怒りを抑えきれなくなったようで、目の前の男性に殴りかかろうとして、
「お、おい! イーファ……!」
エリックがそれを止めようと身をイーファの前に出そうとしたとき——、