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Re: ロンリー・ジャッジーロ 第三章-7 ( No.97 )
日時: 2010/08/28 19:01
名前: こたつとみかん ◆KgP8oz7Dk2 (ID: LvO7QDqq)
参照: 名残惜しき、夏休み。

 鼓膜が破れるのではないかというほどの音が、貧民街の中にひとつだけ響くのが聞こえた。
 イーファの前に身を乗り出してきたエリックの口から、赤い液体が飛び出す。
 それはイーファの顔に当たり、赤色に汚した。
 彼は一瞬そのことに「え?」といった表情をする。
 見る見るうちにエリックの瞳から光が失われ——、
 地面に、潰れるように倒れた。
 彼の背中、正面からで言う心臓の位置の辺りからじわりと血液が広がる。
「エリッ……ク……?」
 顔についた赤い液体。それをエリックの血液だと知った直後、イーファは絶叫した。
 混じりけのない殺気でイーファは男性に殴りかかる。目から赤く染まった流しながら。それはイーファが流した血の涙か、顔についたエリックの血液かは判らない。
 殺すつもりで振るわれたイーファの右拳は男性の左頬を直撃する。男性が顔を歪ませながら仰向けで雪の上に背中をつけるのを見て、イーファはさらに追い討ちをかけようとする。
 だが、貧民街に現れた身なりのいい男性はひとりじゃない。
 イーファの身体が走り出した方向とはまったく違う方向に飛んだ。その様子は自分から動いたようには見えず、外部からの干渉があっての動作だと容易く思える程である。その身体は中を一回転し、勢いよく地面に叩きつけられた。気味の悪い、何かが潰れる音が彼の着地音だった。
 それは大口径の自動拳銃を持った男性によるものではなく、遠くにいた狙撃銃を持った中年の男性だった。冴えない顔をしているが、動いている標的を的確に撃ち抜いた腕前はかなりのものだろう。
 他の貧民街の住人を狩りつくしたのだろうか、その他の男性たち、狙撃銃の男も含めて四人が大口径の自動拳銃を持った男性のもとへ歩いてきた。
 レヴィがフクマの服からナイフを取り出し、刃を出して男性たちに向けた。今の光景に未だ順応しているわけもなく、呼吸は乱れ、心拍数は上昇し、視線は一点を見つめられず、ナイフを握る手も震えている。それでも彼らはこちらを向いていなかったため、それに気づくことはなかった。
 レヴィが駆け出す。その隙を意図的に突いたのかどうかは判らない。しかし、それが絶好の機会であったことは変わらなく事実であり、その隙を突いたことで男性たちから余裕という思考を消し去った。
 彼女のナイフは男性たちの中の、先程イーファに銃弾を撃ち込んだ中年の男性の左脇腹に突き刺さる。そこにはこれといって障害になる骨もなく、ナイフは柄までざっくりと刺さった。中年の男性の顔は苦痛に歪み、汗腺からは汗が噴き出す。最後の悪あがきなのだろうか、彼は背中から地面に倒れようとしているとき、手を伸ばしてレヴィを押した。
 少女が成人男性の力にかなうはずもなく、レヴィは中年男性の左脇腹に刺さっていたナイフの柄から手を離して体勢を崩した。
 大口径の自動拳銃を持った男性が何か叫んだが、レヴィには聞き取れなかった。その直後、自分の身体に大きな衝撃がいくつも発生するのを感じた。それが何なのか理解する前に彼女の視界は黒く染まり、やがて意識も消えた。
 中年の男性以外の男性たちが持っている銃器の銃口からはいつの間にか煙が立っている。それらはレヴィに全て向けられていて、誰が見ても彼女に発砲したのだと判る。
 中年の男性以外がニーベルたちの方を見る。どうやら本気で殺しに来るようで、一切の迷いなく銃口を見た先に向けた。
 連なる、発砲音。
 無意識にニーベルは目を瞑っていたようだ。だがひとつ気に掛かる。撃たれたのならば、このように目を瞑っていたことを確認する暇もなく、良くて痛みに悶えていてもいい頃合いである。彼女は恐る恐る目を開けた。
 目の前にいた男性たちがいなくなっている。——否、何かがニーベルの前に塞がり、妨げになっているだけだった。
「ミィ……、ニー……ベル……」
 誰かの苦しそうな声が耳の辺りで聞こえた。
 声の方向に目を向ける。ジェイルがいた。彼は咳き込みながら苦しそうに呼吸をしながら生き残っている“家族”に声を掛けた。その顔色は、明らかに悪かった。
「フクマを、連れ……て、ここ、から……逃……」
 その言葉の最後のほうはさらなる発砲音によってかき消された。そしてその音と共に、ジェイルが前のめりに倒れた。ジェイルはニーベル、それからミィと相対していたため、この場合は彼女たちの方へ倒れることになった。
 彼が倒れ、見えた背中には蜂の巣と比喩するのが一番合うと言っても過言ではないほどの銃弾の跡で埋め尽くされていて、いつもの肌の色が一切見えないくらい血液が溢れ出ていた。
 それを見てミィはがくんと膝から力が抜けて、その場で失神してしまった。目の前で思いを寄せる人を失うことがどれほど辛いか、言葉では言い表せないものである。
 ニーベルが自分以外の“家族”全員が倒れたことをまだ未発達の脳で理解したとき、彼女は自分の中で決定的な“何か”が切れたのを感じた。
 その瞬間、ニーベルの意識がブラックアウトしていき——、
 そして、心の中から自分ではない“何か”が、自分の心に覆いかぶさってきたことを認識した。