ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 旅人ノ街【ツドイマチ】 ( No.48 )
- 日時: 2010/07/14 18:38
- 名前: 譲羽 (ID: fgNCgvNG)
【17】
図書館の前。
ボクは唾を飲んだ。昨日の情景が脳裏に浮かんでくる。
罪悪感と責任感が重くのしかかる。
もし、今回の出来事で胎無さんと気まずくなってしまったらどうしよう?
だが、ボクは自分に言い聞かせた。
謝るんだ! こんなとこで停まってちゃいけない。
胎無さんは根に持ってはいないと思うけれど、やはり気に触ることをいったのだし、ちゃんと謝らなくては。
勇気を奮い起こしたところで、思いっきり図書館のドアを開けた。
「こ、こんにちは!! 詩句です!!」
あまりの緊張に声が裏返ってしまった。少し声が小さかったようにも思えた。
「やぁ。いらっしゃい」
胎無さんは昨日のことなどなかったように微笑みながら言ってくれた。
いつもなら遠くから気づいてわざわざ来てくれるのに、今日はまるで扉の前で待ってたかのようにそこに立っていた。
「胎無さん!! 昨日はすいませんでした!!」
ボクは気まずくなる可能性を振り切り、頭を下げた。
「いえいえ。そんな、私が1人でに壊れてしまっただけですよ。最近疲れていましたから。お恥ずかしいとこをみせてしまいましたね」
「そうですか……。あの! 何かお手伝いできませんか?」
ボクのせいじゃないならそれはそれでよかった。でも疲れているのならお手伝いぐらいしたい。そういう思いだった。
「ならお願いしますこっちなんですけど……」
そういって胎無さんは地下へと降りていく。ボクもついていく。
そこは書庫だった。冷たい空気が立ちこめていて、本はホコリをかぶっている。
「うわぁー、なんだか怖いとこですね。何すればいいですか? 掃除ですか?」
“カチッ”
ドアが閉まる音がした。
振り向くと、胎無さんが鍵をかけ、こちらを焦点の合わない目で見ていた。
「詩句さん……泣いてくれませんか?」
冷たい声がする。ここの空気よりも冷たい声が。その持ち主は胎無さんだったのは言うまでもない。
「胎無さん……? どういうことですか?」
さっきとは違う緊張で、声がかすれる。
胎無さんはボクのことを能力を知らないはずだ。言ってないし……。
少しずつボクに近づいてくる。右手にはナイフが握られている。
ボクはそれに会わせ、下がる。
「知ってるんですよ詩句さん。怖いでしょう? 泣いてくださいよ。あの子のために私の願いを叶えてください。」
「いったい誰に……!!」
『少し流したかな…。』
この前、雅焔さんが言っていたことを思い出す。
「情報屋です。でも今は関係ないでしょう?」
「……関係ありますよ。何も知らないのにいきなりナイフむけられたらびっくりするだけですから」
ボクは強気にそう言ってみた。胎無さんの足が停まる
「そうですね。あの子の話をしてあげますよ。」
うまく乗ってくれたようだ。今のうちに逃げ道を探す。
「あの子は吸血鬼でした。血が嫌いなのに飲まなければ死んでしまう。とても大変な思いをしてましたよ……」
出入り口は胎無さんの後ろにある。だが、鍵は鍵穴に刺さったまま。
今の胎無さんならボクの動きに気づかないだろう。
ボクは少しずついちおう気づかれないようにそちらへ移動する……。
「なのにあの子は無邪気な顔をしていました。人を殺すのも嫌だったあの子のために、何人私が代わりに気絶させて持っていったか……。」
ちらっとこっちを見た気がした。びっくりして本の山に隠れた。気のせいだったみたいだ……。
「あの子は10年前。“今日は独りで飲んでみせる”と言って家を飛び出しました……私は心配で後をつけたんです。彼女は素早いから苦労しました。」
ボクの動きにまだ気づいてないみたいだ。おそるおそる本の山の後ろから立ち上がる。
「あの子がターゲットにしたのは細身の男でしたよ。あの柊です。ナイフも何も持っていない絶交の獲物でした。裏路地に入ったらすぐ、彼女はかみついた。とても上手でした。なのになのに……」
“ガタンッ!!”
柊さんの名前を聞いて動揺して本の山を崩してしまった。胎無さんがはっきりこちらを見る。
「続けてくれないんですか?」
「ええ。貴方が逃げてしまっては終わりですからね。」
胎無さんはそっとこちらへ近づいてくる。
ボクにはもう下がる場所がない。遠回りして出入り口に行こうとした結果だった。
「あなたは自分が好きだったからって吸血鬼に人間を売ったんだ!」
「だから何ですか?彼女が生きるために協力したんです! あなたは同意しましたよね? 吸血鬼も人間も一緒だって。命を食べるって」
「……そうですよ。確かにしました。でも自分と同じ人間を売ることに同意してませんよ? あなたに協力なんかしたくない……。ボクは胎無さんと胎無さんの彼女のためになんか泣きません」
ボクは言いきった。これであきらめて解放してくれると思ったから。
「そうですか……確か貴方はバンシーの血を飲んだんですよね? ……なら貴方の血を私が飲んで、私が泣けばいいんですよね?」
「えっ!?」
胎無さんが近づいてくる。思いもしなかった反応に身体が動かない。
胎無さんはボクの首をつかんだ。呼吸ができず、目の前が霞む……ナイフが光っているのが見える……。
胎無さんの狂った目の光が見える……。
「すーいませーん。詩句いらっしゃいますかぁ?」
間の抜けた声がする。
今1番似合わない、どこかで聞いた声。いつも聞いている、見覚えのある声。
尋ねなくても分かる……
声の持ち主、柊さんが出入り口には立っていた。
胎無さんの手が緩みボクはずり落ちる。本の山があって見えない。声だけが幽かに聞こえる
「ひ、柊。そ、空兎(ソラウサギ)……」
「おやおやぁ。昔のチーム名まで覚えてもらってるとは光栄ですねぇ。10年前に1回あっただけでしたのにぃ」
「あの子を……×××を返せ!!」
「あの吸血鬼の魂は私のものですよ?今から貴方も同じところに回収してあげます」
「てかお前詩句に何してんだ!! 俺の仲間に手ぇだすなんていい度胸してるな!」
リコリスさんと御影さんもいるみたいだ。鈍い音が聞こえてくる。
「まぁまぁ御影氏。そのくらいにしてくださいよ。気絶しちゃったじゃないですか。柊は暴力反対ですよぉ」
「五月蠅い柊。俺だって暴力は嫌いだ。だがなこういうヤツは蓬の次に大っ嫌いなんだよ!!」
「ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ」
リコリスさんが何か呟いている……。天井に光が反射している。
少しすると何もおきなかったように静まりかえった。
「大丈夫ですかぁ? 詩句。」
柊さんがボクに手をのばしてくれた。
起きあがって辺りを見回すと、胎無さんの姿はなかった。ナイフは御影さんがくるくる回していた。
「魂回収しましたから。」
リコリスさんがそう言った。