ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 旅人ノ街【ツドイマチ】 ただいま更新休…。  ( No.85 )
日時: 2010/06/19 21:40
名前: 譲羽 (ID: fgNCgvNG)

【30】
ボクは伊咲夜さんに2階まで引っ張っていかれ、テラスにあるイスに座らせられた。

そこから見える庭は広々としているが、お屋敷同様隅々まで整備され、お決まりの左右対称。真ん中には噴水となっていた。花壇には赤い薔薇ではなく青い薔薇だったが…。

「お待たせしました。詩句様!アイスティーと詩句様の大好きな無花果のタルトです!!」

ボクが庭に見とれていると、伊咲夜さんが戻ってきた。

…てかずっといたと思ってたのに…。

「あ、あの…ありがとうございます。」
「詩句様。…私はただ仕事をやっているだけです。お礼などもらえません。…でも詩句様が帰ってきてくださって嬉しいです!あの日、詩句様から初めて“記憶”がやってきた時が昨日のように思えます。」

伊咲夜さんが空を仰ぎながら言う。

「“記憶”?」

ボクは無花果のタルトを食べながら気になった言葉を繰り返す。

タルトはかなりおいしい。カスタードクリームと無花果の組み合わせがたまらない♪

「詩句様はお覚えではないですか?私はしかと覚えております!詩句様が私をこの“記憶の館”へと送って少し後でしたから、まだ私は見習いでしたけれど…。」

ボクは黙っていたので伊咲夜さんは続ける。

「最初の記憶は詩句様が本家のある世界を離れることについてでございました。柊という男と一緒に行くと、報告もかねての記憶だったと思っていました。」

柊?柊さん!?ってことはここはボクじゃない“詩句”のどうやら別荘のようだ…。本家もあるってことは随分地位が高かったようだ。

「あ、あの…ボクは詩句ですけど…」
「そんなの分かってます!随分お変わりになりましたが詩句様のお名前はなかなかございませんから間違えることはありません!!」

…そんなに否定されると言いづらい。だが今のうちにはっきりさせないと後でばれた方が断然酷い目にあいそうだ…。

「あの!人違いです!!ボクは詩句ですが“詩句”じゃないんです!!」

伊咲夜さんがキョトンとする。だがすぐにハッと口に手をあて、目をつりあげた

「詩句様じゃない…!?ま、まさか私騙された…?こいつは泥棒で…詩句様の大切な記憶を…!!」

スッとエプロンのポケットから銀の鋏を取り出す。小さいが銀だし、先は尖ってるし切れ味は抜群だろう…。

「招からざる客を屋敷に入れてしまうなんて一生の恥!主の恥は私の恥…私の恥は主の恥…まさか私が詩句様へ泥を塗るなんて…証拠隠滅しなければ!!」

……危ない展開!?このメイドさん思いこみ激しいんじゃ…。

「ま、待ってください!!ボクは泥棒なんかじゃ…ただ伊咲夜さんが勝手に屋敷に入らせただけで…—」

ボクが口を開いたとたん、目の先に鋏を突きつけられた。思わず押し黙る

「五月蠅い!!私の名前をその薄汚い口を使って呼ぶな!!私が、お屋敷が、詩句様が汚れる!!」

いまにもボクの身体がバラバラにされてしまいそうな勢い。こ、怖い…。

かなりの忠誠心…。

「すいません!ちょっと待ってください!ごめんなさい!!全部話しますから!!柊さんの喫茶店の裏口の話しから全部!!」

ボクががむしゃらに話す。…さようなら柊さん。今までありがとうございました…。

ボクは死を覚悟した。

「柊?詩句様のお友達の?…貴方は柊さんのお友達の泥棒=詩句様のお友達の泥棒?=私のお客様…!?」

鋏のかわりにそんな意味不明の言葉がきた。どうやら伊咲夜さんの脳内の思いこみのようだ。

伊咲夜さんは鋏をポケットに戻し、もう一度身だしなみをチェックする。

「…すいませんでした、ご無礼をお許しください。改めましてようこそ旅人ノ街にあります現当主、詩句様の別荘。記憶の館へ」

そしてスカートの裾を軽く掴み見事な一礼。どうやら思いこみによって歓迎されたようだ

…助かった。ボクはため息をついた。