ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re:     花の少女 ( No.108 )
日時: 2010/05/27 17:56
名前: 白兎 (ID: BtjLrvhc)




 愛花は時雨を掴み、自分の部屋に入っていった。

部屋の中には、当然だが空、陽子、美冬がいた。
いきなり時雨が入って来た為、皆口を開けてポカンと愛花と時雨を眺めていた。
この視線達に耐えられなくなった時雨が最初に口を開いた。
 「……で?」
 「何が?」
 「だから……此処に俺が連れて来られた意味は?」
 「あぁ」

愛花は空達の前に出た。
 「ねぇ、悪いんだけど」
 「何?」
 「ちょっと、二人だけにしてもらっていい?」
 「え。なんで……
陽子が言い掛けたのを、美冬が遮った。
 「うん。判った」
美冬は陽子と空を無理やり連れ出して、部屋から出て行った。
そのあと玄関の開く音がしたから、きっと外に遊びに行ったのだろう。

(本当に美冬は気が利くので助かる)そんな事を考えながら、愛花は机の引き出しを開けた。
その中にはあのCDが入っていて、それを愛花は取った。
そしてそれを机の上のミュージックプレイヤーに入れた。
音楽が流れ出す。

 「これは……?」
時雨が愛花を見上げ、訊いた。
 「これはね、私のお父さんが大好きだった曲なの」
 「それで、何なんだ。用件は」
(時雨って情緒が無いよな……)
 「これは、形有る物でしょう?」
 「そうだろうけど」
 「だから、無くならないし、忘れない物なんだ」
 「?」
 「気持ちはいつか忘れることもあるよ。けど、形有る物なら忘れない」
 「だから……?」
 「この“形”には“気持ち”が込められてる」
 「だから、気持ちも忘れないと?」
 「うん、そう。だから、私は多分忘れないと思うんだ」
 「………………」


時雨は黙っていた。
すこしして、また口を開いた。
 
 「だったら、俺も……忘れないのかな」
時雨は虚空を眺めながら呟くように言った。

 「……時雨にもあるんだ。だったら、きっと忘れないよ」
愛花は微笑んだ。
 「そうか。……かもしれないな。でも……」
 「でも?」

時雨の目は、何処に向けているのか判らなかった。
判るのは、時雨が悲哀な表情をしているという事だけ。

 「空は……。空は、どうすればいい…?」

愛花は目を伏せた。
二人とも、悲しい顔になった。

 「空には、何もないんだ。思い出も、思い出の形さえも」


愛花は、答えが見つからず黙っていた。
いつの間にか、流れていた音楽も消えていた。
このあやふやな思いを、愛花は言葉で必死に伝えようとした。

 「……だったら、時雨が教えてあげればいい。
  知らないなら、教えてあげればいい。何もないなら、与えてあげればいい」

愛花は、自分でもよく判らなかった。
でも決して適当なことを言った訳ではない。
ただ、それが出来る事なのか。無理かもしれないのにそんなことを言っていいのか。
そんな思いが、愛花の心を巡っていた。


するといきなり時雨は苦笑しだした。
 「……前向きだねぇ。羨ましいよ、ほんと」
すこし目を丸めた愛花。
 「そりゃどうも……」
 「俺とお前は、同じ境遇のはずなんだけどな。俺らは何が違うんだか」




そう時雨が言い終わると、愛花はまた悲しげな顔をした。