ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 花の少女 ( No.70 )
- 日時: 2010/05/09 19:02
- 名前: 白兎 (ID: .0H1tYZ6)
時雨は鋭く尖った凶器のような目を愛花に向けている。
しかし愛花は時雨に少しも臆していない。
黄薇の一件のおかげで、慣れていたのだろう。
「…だから、放せって。服伸びるじゃん、どうしてくれんの。」
臆するどころか、反論する愛花。
「何?言いたい事あんなら言えば?」
「……。」
「さっきあんたさ、『お前も、親を目の前で殺されたんだろ?』って言ってたけど…“も”って何。“も”って。」
愛花は案外こういう事に鋭い。
これは彼女の境遇のせいで身についた術なのか。
「俺も、お前と同じ様に、目の前で親を殺された。」
少年は、冷たい目線を下に下ろした。
少女の目は3回ほど大きく瞬きした。
「時雨も……?」
「…そう。空も一緒だった。」
「へぇ。だから、あんたはそんなにヒネクレてんだ。まぁ、私が言えた言葉じゃないけどね。
でも…空は全くそんな気配はしなかったけど…?ちょっとボーっとしてるけど善い子じゃん。」
愛花は多少驚いたが、そんなに不思議な事とは思っていなかった。
「空もお前も、笑ってられる。」
「うん?」
「空がなぜ、笑えるか…。判るか?」
「知らないよ。なんで?」
「空には、記憶がないんだ。五歳以下の。」
「記憶が……無い?何それ、じゃあ、空は記憶喪失してるって事?」
「そう。空は記憶が無い。だから笑うことが出来る。
でも、お前はなぜ笑える?俺と同じ様に、記憶は確かにあるというのに。」
五秒程の間があった。
愛花の答えは、これ。
「あんた……馬鹿?」だった。
「何がだ。」
時雨の目は、ますますつり上がる。
「あんたさ、何でそんなに背負い込んでんの?」
「……?」
「いいんじゃない?親の事なんか忘れて笑い転げたって。そんなの自分等の自由。」
「お前、よくそんな事が出来るな…。悲しくないのか?親に申し訳なく思わないのか?」
「思わない。」
キッパリと愛花は言い切る。
その声は迷いなど何も無い愛花の心を写すかの様に、ハッキリとした口調だった。
「確かに、悲しい。あの時を思い出す度、泣きたくなる。
でも……思わないね。そんな事。」
「なんで…
「あんたの親は、あんたに『覚えていてね』なんて言ったの?言わないでしょ。
むしろ、こう思うはずよ。
私達のことは忘れて、元気に楽しく幸せに暮らしてほしいって。そう願ってるって思うよ、私はね。」
時雨はしばらく黙っていた。
その間にも、愛花は続ける。
「子供たちがそうやって苦しむなんて、両親は絶対望んでいない。断言する、そんな親はいない。」
ようやく口を開く時雨。
「そんな事言っていたら、忘れるよ。
たとえ…俺の父さんと母さんがそう思っていたとしても、俺は忘れたくないんだ。」
時雨は愛花を掴んでいた手を放した。
「でもね、時雨。忘れないよ、わたし。」
愛花は時雨の目を見つめ、言う。
「……そんなの、嘘だ。どうせ忘れるよ。お前もいつか。」
少年はそう言って、愛花から去って行った。
時雨が去っていったのを見届けた後、愛花はようやく自由になった腕を伸ばし、部屋に戻っていった。