ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: Cross Wing   −契約者− ( No.3 )
日時: 2010/04/11 20:56
名前: スペード ◆lLTUeKKhVg (ID: YAjKlDB6)

一話『一人の少年』



————パシャッ…

真夜中の街の路地裏。街中を水で濡らし、道には大きな水たまりができるほどの雨が降った後のその場所で、銀髪の一人の少年は、負傷している右腕と脚を引きずりながら歩いていた。その少年の息は乱れ、立っているのもままならない様子だ。…少年は、この三日間“ある集団”から逃げ回っていたせいで、一切の食事も睡眠もとれずにさ迷っていた。そのせいで、疲労もたまり、そして、そろそろ体力も尽きかけていた。
「…く…っ…、ここで…終わるのか…?僕はまだ…終わる訳には……」
しかし、その言葉と裏腹に少年はその場で崩れる様に倒れた。もう、歩く体力も残ってないや…。ここで終わり、か…。
「——“エリィ”…もう一度だけでも…君に会いたかった…」
その少年は一言、ある少女の名前を言ってゆっくりと瞳を閉じた。…あの時僕が“悪魔”に『引きずり込まれたり』しなかったら、今も君の傍にいる事ができたのに。でも、僕はあの時“永遠の闇”を見てしまったから…もう普通に戻る事は出来ない。“悪魔”の“契約者”にされたばっかりに、悪魔の“イレモノ”にされたばかりに…、僕は————…。そして、少年の意識はそこで途切れてしまった。…冷たい風が、少年の身も心も凍てつくすかのようだった。皮肉にも夜空で、綺麗な星が嘲笑うかのように瞬いていた。

「———あーあ…残念。せっかくあそこから生きて帰れたというのに」
少年が意識を失った後、少年に誰かが歩み寄ってきた。顔はよく見えないが、すらっとした女の人だ。
「勿体無いわね…。彼方自身が宿した“力”にさえ気がつけば、“祓魔師”でも簡単に殺せちゃうのに…」
その女の人は少年に対してそう呟くと、目を細めて小さなため息をついた。そして、首にさげていた“藍色の結晶でできたペンダント”を彼の首にそっとかけると、
「これで、彼方が宿した力は祓魔師に見つからなくなったわよ。——じゃあ、二つの翼を宿す咎人さん…、残念だけどこれから大事な用があるから…行くわね。いずれまた会いましょ」
そう言い残し、彼女は名残惜しそうに少年を見つめ、さっきまで背中に無かった真黒な翼を広げて飛び去って行った。
そして、その彼女と入れ替わるようにして次は、金髪の青年がそこに現れた。
「———くっ…、ここら辺からさっきまで悪魔の気配を感じていたが…どうやら逃げられたか」
そう言ながら舌打ちをすると、その青年は目の前で倒れている少年の傍に歩み寄った。
「悪魔にやられたのか?…酷く衰弱しているな、それに腕の出血が酷い…。このままでは死んでしまうぞ…」
彼は少年に息があるのを確かめると、その少年を負んぶした。
「やはり体が冷え切っている…、早く手当てしないと」
その青年は、「もう大丈夫だ」と背中の青年に呟くと、何処かに向かって歩き出した。…その時、青年の白い上着の胸元に付いている十字架が彫られたバッジが、微かに街の街灯の明かりで輝いていていた。


*


「…?」
あれから何時間たっただろう、銀色の髪をした青年は何処かのベッドの上で意識を取り戻した。
まだ頭はボーッとしている様子だが、少年は確かに…生きていた。
『…僕は死んでない…のか?』
少年は半信半疑にそう思いながら、ゆっくり体を起こした。しかしその時、負傷していた右腕に激痛が走った。
「ッ!?」
少年が反射的に左手でその腕を抑えると、ある事に気が付いた。
『手当て…してある…?』
自分の腕に巻いてあった包帯に触れて、初めてその事に気が付いた。しかも、手当てされてあるのは腕だけではなく脚や頭など、いたるところが手当てされ、包帯で巻かれてあった。後、頬にはシップも。そして最後に、自分の首に見覚えのないペンダントがかかっているのに気が付いた。
「これは一体…?」
僕はそう呟くと、そのペンダントにそっと触れた。…綺麗な藍をした結晶のペンダント。そういえばあの時…誰かにこれをかけられたような…?——どんな人だった?うーん…思い出せないな…。
「———それにしても、ここは一体…?」
僕は首にかけているペンダントから目を離すと、ざっと辺りを見渡した。部屋は綺麗に整理されてあり、側にある椅子には無造作に白い上着が掛けてあった。そして、さらに椅子の側にある机には僕の服が置いてある。
『…待て待て!僕の服!?という事は…』
僕はすぐさま自分の恰好を確かめた。見た事のない服だが、ちゃんと服を着ていた。焦った、一瞬まさか…と思った…。しかし、一体誰が僕の手当てしてくれたんだろう?部屋とか、かけてある白い服を見ていると、男の人っぽいけど…
「———目が覚めたか?」
するとその時、男の人が部屋の扉を開けて目のあった僕にそう言った。…この人が僕を運んできてくれた人…?
「気分はどうだ?痛む所とかあれば言ってくれ」
「あ…、えっと大丈夫です。…——貴方が僕を…?」
僕は彼に尋ねた。すると彼は側にあった椅子に座りながら、
「あぁ、酷い怪我をしていたからな。…勝手ながら俺の家に運ばせてもらった。服は雨で濡れていたから洗濯しておいた」
彼は僕が尋ねずとも、聞きたかった事を淡々と話してくれた。
「———そうだったんですか…、危ない所を助けていただいてありがとうございます。えっと…」
僕が彼をどう呼べばいいか迷っていると、彼は優しそうに微笑み、
「俺はリオン、リオン・レイジェクトだ。好きなように呼んでくれ。…お前は?」
そう僕に言った。それを聞き、僕も慌てて口を開く。
「僕はヴァン・レオナルドです。…怪我の手当てまでしていただいて本当にありがとうございます。それに、ベッドまで…」
「いや、気にするな。…それに、怪我人を固い床に寝かせる訳にもいかないしな」
そう言うと彼は「疲れているみたいだから、ゆっくり休め」と僕に言った。…なんだか久しぶりだな、優しくしてもらえるのは。エリィにも、こうやって優しくしてもらったっけ…。
「…どうした?やはり何処か痛むのか?」
すると、喋らない僕にたいして彼は心配そうにそう言った。僕はとっさに首を横振った。違うんだ、何処も痛くない。ただ———昔の事を思い出しただけ…。
「…大丈夫です、少し眠れないだけですから…」
「そうか、それならいいが…無理はするなよ?」
彼は僕にそう言うと、スッと立ち上がった。
「眠れないなら何か飲むといい、お前はコーヒー飲めるか?」
「あ、ミルクコーヒーでお願いします」
僕が慌ててそう言うと、彼はフッと笑った。笑われた事に対し思わず赤面になる僕は、何故かこの時…温かいものを感じていた。