ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 「ようそろ」 ( No.15 )
日時: 2010/06/11 21:19
名前: 紫 ◆2hCQ1EL5cc (ID: HQL6T6.Y)

 戦おう。恐いという気持ちを振り払って、リュウカはしっかりと前を見据える。聖霊を盾のように自身の前に浮かべ、できる限りの速さで力をためる。カエンなら、一瞬にして限界値まで溜められるだろう。それから兄であるリュウクも。敵はもうかなり近づいている。間合いまで十秒と掛からない。「主人公じゃないから戦わない」と、そう言いきったカエンを惜しみながら、リュウカは一度歯軋りをした。
 その時だった。リュウカの隣から突然強い風が吹いた。ただの風ではない。辺りにあるものを舞い上がらせながら風は進む。そして着々と迫ってきた男達を——リーダーを残して——一瞬にして吹き飛ばした。
 唖然としていたリュウカは我に帰ったように隣を見る。そこにいたはずの最強の聖具使いはいなかった。

「主人公の戦いは、あくまでトップとの戦い。雑魚は雑魚らしく、脇役の遊び相手になるのがお似合いだろう?」

 風に何メートルか吹き飛ばされた、曰く“雑魚”たちが起き上がると、そこには「戦わない」と言い切った男が無表情で立っていた。その隣には巨大な光輝く鳥。黒装束の男達の表情は眼に見えてこわばる。同じ聖具使いとしてはっきりと分かるのだ。その圧倒的な格の違いが。

「ようそろ。さて、誰から遊ぶ?」

 ——後方で遊び、もとい虐殺が行われている時、リュウカとリーダー格の男は互いに相手の間合いを計りながら対峙していた。
 男の聖霊は黒い龍。大きさはリュウカのものより少し大きいくらいだろうか。その聖霊にリュウカは何となくしっくりこない気がしていた。何かがおかしい。しかし答えはまったく出てこなかった。

「なるほど、最強の聖具使いカエンか。死んだものと思っていたがな」

 男はそうつぶやくと、黒い龍を走らせて先手を取った。初激をリュウカは左へ大きく跳ぶことでいなす。そして間髪をいれずに自分の赤い龍を相手へと突撃させた。主人の危機を知り、黒い龍は狙いをリュウカから赤い龍に代える。二人の間で行われる激しい龍同士の戦闘。敵は訓練を受けた戦闘員。それに対してリュウカは今回が初陣であった。それでも彼女は決して遅れをとっていない。いや、むしろ優位に立っていた。兄や兄に付き従う聖具使いたちにいつもこてんぱに伸されていたリュウカはそのことに驚愕すると同時に、兄達の力を改めて思い知っていた。
 決定打を決めたのはリュウカの聖霊だった。黒い龍の胴体にかみ付いてそれを真っ二つにする。聖具使いとの戦いにおいて“勝ち”とは聖霊を倒すか相手の意識を奪うかである。聖霊は倒されるとそれから復活するまで相応の時間がかかる。聖霊の入れ物を壊してもいいように思えるが、それを壊すのは強度的にどんな聖具使いでも不可能であった。
 よってこの時点でリュウカの勝利は確定していた。

「くそ、忌々しい。フィンの最終兵器を奪って、ここまで来たってのに……」
「え……あなた、フィンじゃないの?」

 リュウカは男の言葉に耳を疑う。彼女の隣には戦いを終えたカエンの姿。彼もまた口にこそ出さないが目を見開いていた。二年前にフィンと戦っていたカエンとしては信じられないのだろう。彼が疑いすら抱かないほどその戦い方はフィンと同じだったのだ。
 敗れたリーダー格の男の周りには他のカエンに倒された仲間達が集まってくる。最強の聖具使いに敗れたのだ。戦うことはできない。それでもここに来たということはこのリーダー格の男への忠誠心がなせる業だろう。

「元、フィンだ。だからと言って、あんたらの敵であることは変わりないだろがな。フィンの上層部と決別して、俺たちは、俺たちの、フィンを、首領が、目指し……」

 言いながら、足元から徐々に男は石になって、すぐにさらさらと砂になってしまった。他の仲間達も同じように。消える寸前に伸ばされたリュウカの手。行き場を失った手のひらには、血のように赤い欠片が残っていた。