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Re: 天狐の妖刀 ( No.11 )
日時: 2010/04/17 15:42
名前: 絹世 ◆baKUMl0gkI (ID: YpJH/4Jm)

4.

 しかし、現実味の無い現実は容赦なく東條に纏わり憑く。

「そーいや東條さー」
「ん?」
「さっき見掛けたんだよねー、変な娘」
「変な娘?」
「うん。遠くからだったからよく分かんなかったけど、ケチャップを被ったみたいに真っ赤だった」

 その時、一瞬初音の表情に陰りが見えた。

「……ふらふらしてたから、血かもしれないけど」
「…………」

 「変な娘」、「ケチャップを被ったみたいに真っ赤」たったそれだけの言葉で東條は嫌な予感がした。いや、それに加え「ふらふらしていた」とは何かあった事は確実。おそらく初音は分かっていながら、ケチャップなどと言っているのだろう。
 初音に悪意は無い、只見た事を話しているだけだ。だがその次に発せられる言葉は何かもやもやした気分に追い討ちをかけるが如く、東條に突き刺さった。

「コスプレしてるみたいな感じかなー、何かの動物の耳に九本の尻尾。お姫サマみたいな着物でさー、凄い可愛かったよ?」

 その少女の事を思い出してなのか、初音はにひひと笑う。
 それと反するように、東條は最初何を言われたのか分からなかった。——いや、分かりたくなかった。だが、分かってしまう。
 自分の知っている人物の中では、たった一人だけしか当てはまらない。
 詩世。
 つい昨日会ったばかりの、一人の少女の名。出会い方から全てが現実味の無い、二次元から来たのかと思うようなそんな少女。

「…………」

 何かあったのだろうか。

「それで……って東條!? どこ行くのさ!?」

 気づいた時には、自分は走り出していた。
 未だに自分の感情の正体も知らぬまま、一人の少女を探し出す為に。

 約四百メートル離れた雑居ビルの屋上。一人の少年が座り込んだ状態で、やる気なさげに欠伸をし双眼鏡から目を離した。
 腰のガンベルトから二丁の装飾銃のうち、一つを取り出し放り投げてはキャッチする。
 見た目から察するに、少年の年齢は十五、十六というところか。格好は七月の下旬の服装からすれば、かなり異様だった。台形の形をした黒の帽子に黒のマフラー、黒のコートに黒の手袋。更には黒のショートブーツと真冬にでしか着ないような格好。先が少しツンツンした黒髪と全身黒ずくめで、吸血鬼のような赤い目だけが漆黒の中で気だるそうにしている。
 少年は後ろに立つ少女に、振り返りもせずに問いかけた。

「……で? アレが今回の標的の『天狐』とか言う奴?」
「……あの少女は標的ではない、只の高校生」
 
 少女は外国人のようだったが、イントネーションは完璧だった。短い少女の言葉に、少年は「へえ」と適当に相槌を打った。
 その少女は思わず見惚れてしまう可愛さだった。腰まで伸びる艶やかな銀髪に、全てを見透かすような澄んだセピア色の瞳。肌は外国人特有の白さで、手足は恐ろしい程に華奢。服装はノースリーブの黒いワンピースで、スカートの部分はバルーンスカートのようになっている。靴はニーハイブーツ程の長さがある黒の編み上げブーツと、そこまではどこか人を寄せ付けない雰囲気を持つ、恐ろしい程の美少女。
 しかしその服装には西洋の甲冑のパーツがばらつかせたように着用されており、纏っている白いマントは甲冑のパーツの一部を肩につけて固定している。両手の肘からは同じく甲冑を着用しており、左眼の目元の下には「Ⅳ」と刻まれていた。
 それに加え、少女は片手に銀の杖を手にしていた。全長百四十センチと、少女の身長の軽く半分以上の長さ。銀の杖の先端には不思議な文字が刻まれた銀の石がついており、同じく銀色の六枚の花弁のような物が石を包み込んでいるという、呪いにでも使うかのような魔術めいた杖。
 少年と違ってどの季節でも、人込に溶け込む事など不可能であろう格好。端から見ればコスプレでもしているのかと思う。

「……じゃあ、本物の『天狐』とやらは何処いったんだよ? 確か白夜(びゃくや)の奴が取り逃がしたんだろ?」

 面倒臭そうに問いかける少年に対し、少女は機械の如く淡々と答える。

「取り逃がした、けれど天狐に傷を負わせる事は出来た。天狐は逃走、白夜は追跡。問題無い」

 少女がそう言い終えると同時に、少年は手にしていた装飾銃をガンベルトへと収める。そして片手に持ったままの双眼鏡をもう一度目へと持っていく。
 少年が双眼鏡から見るのは、ダークブラウンのボブへの少女と話していたかと思えば、急に走り出した一人の少年。

「神器、それも“村正”の契約者がどこにでもいそうな高校生だったとは思わなかった」
「……そう、クレイグも最初は普通の人間だった筈だけれど」
「…………」

 返ってきた少女の言葉は、的を射ていた。少年——クレイグは言葉に詰まる。
 クレイグはガンベルトに収まっている装飾銃へと、視線を向ける。確かにそうなのだ、自分も最初は只の人間だった。
 しかし“神器”の契約者となったのは『魔術師』になった後。つまり、普通の人間ではなくなってからだ。“神器”の契約者が魔術師でも無い只の人間である事は、例外と言われる程に少ない。それも只の人間が契約すると、“神器”の持つあまりにも強大な魔力によって身を蝕まれ、最後には死んでしまう事が殆ど。
 と、いう事は。

「あの男は魔術師なのか?」

 クレイグは、少女に自身の率直な疑問を投げかけた。考えてみると、クレイグはあの少年の事に関してはまったく聞いておらず、単なる普通の人間なのかと思っていた。でもそれが、クレイグの思い込みなのだとしたら。
 しかしクレイグの予想と反して、少女は小さく首を振って言う。

「あの少年は只の高校生、魔術とは何の関係も無い」