ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 天狐の妖刀 ( No.5 )
- 日時: 2010/04/11 14:53
- 名前: 絹世 ◆baKUMl0gkI (ID: YpJH/4Jm)
〆第一章/妖怪の少女と人間の少年
1.
「ん……?」
閉じていた目蓋をゆっくりと開くと、視界に映るのは白い天井。更に視線を動かしてみると、数学などの教科書がキチンと並べられてある勉強机。更にその隣には小さな本棚があって、趣味で読んでいる小説やライトノベルが巻数順に揃えられてある。
どうやら此処は自分の部屋で、ベットに仰向けの状態でいるらしい。
「やっと起きたか」
不意に横から声がし、振り返ってみるとそこにはあの少女が。腰まである長く艶やかな金髪に赤い目、髪と同じ色の狐の耳と九本の尾、桜色の着物。何より人形のようなその可愛らしい容貌は特徴的で、見間違う筈もなく。
少女が部屋に居ることに東條は自分でも不思議と驚かず、今度は身体ごと少女の方へ向き直る。するとふとある事に気づいた。
身体に痛みがまったく残っていない。それこそ全身の骨が砕けるんじゃないかというくらいの激痛だったのに……。
東條が疑問に思っていると、それを察したのか少女が言う。
「ああ、傷ならぬしが眠っている間に治療しておいたぞ」
少女の口調は、現代じゃ漫画やアニメでくらいしか聞かないような廓言葉だった。古めかしい言葉遣いは不思議と少女に合っているような感じがした。
掛け時計を見てみると針は午後十一時を指している。既に化け猫の件から一時間以上も経っている。——逆に言えば、少女はたった一時間半程度で重症であっただろう東條の傷を完全に治したわけだ。いや、先程の少女の「やっと」というところから察するに、随分前に傷の治療は終わっていたように思える。
ふと顔を上げ少女を見ると、少女は東條が色々と考え込んでいるのを楽しんでいるようだ。まるでクイズで難題を出して、回答者があれやこれやと考えているのを見るのと同じように。
東條がちょっと悔しい気持ちになるのと同時、少女は口を開いた。
「初めまして、と言っておこうか。わっちの名は詩世(しぜ)。俗に言う妖怪じゃ。あ、見ての通りわっちは狐の妖怪じゃが、九尾の妖狐ではなく“天狐”(てんこ)と呼ばれるものでありんす」
少女——詩世はさらりとそう言った。何の躊躇いも無く、オブラートに包むこともなく、単刀直入に自分の素性を明かした。
はっきり言ってしまえば、妖怪と言われても現実味が湧かない。いっその事全部嘘でコスプレをしているだけの、頭のおかしい少女の方が現実的な気がする。
「えっと、妖怪……?」
「そうじゃ、ぬしも先程猫又(ねこまた)に襲われたでありんしょう? それと同じ妖怪じゃ、“妖”と言っても変わりはありんせんが。まあわっちは猫又のような雑魚とは違うが。一応千年以上生きている妖狐じゃからな」
「ちょ……待てよ! 妖怪って何だ! それに契約者って一体何のことだよ!?」
東條の口から今まで疑問に思っていた事が、一気に溢れ出す。対して詩世は涼しい顔で答える。
「妖怪は妖怪、それ以外の何者でもありんせん」
そして一息ついて、
「“契約者”あるいは“適合者”でも構わないぞ。……その話については」
どこからともなくグウ、という漫画のような腹の虫が鳴る音。東條はその音のおかげで何だが脱力した。
「とりあえず腹ごしらいの後でな。すまぬが何か作ってくれんせんか?」
「……この空気でそれ言うのかよ、分かったからちょっと待ってろ」
真顔で空気を打ち壊す詩世に対し、東條は半分呆れつつ、部屋を出ていつもの台所へ向かう為階段を下りていった。
(ああ、何だこの展開……)
心中でぼそりと呟く。
面倒臭そうに頭をかきながら、あっという間に台所に到着。何か作ると言ったものの、いざ料理するとなると何を作ればいいのか。
簡単なので言えばカップ麺だが、いくら異様な格好をした少女とはいえ流石に客にカップ麺というのは気が引ける。
(あ、そうだ)
東條はコンロの下の扉を開くと、案の定パスタの麺がいくつかの束となって袋に入っている。それを確認した東條は、鍋の大体三分の二くらいの量の水を入れコンロに火をつける。袋の中から少女の分、ついでに自分の分の麺の束も取り出し鍋の中にぶち込む。
東條が作ろうとしている料理は見て分かる通りパスタだが、言ってしまえばレトルトカレーのようなものである。
菜箸で適度に鍋の中の麺をかき回す中、ふと思う。
(……あいつ、レトルトとはいえ西洋料理大丈夫なのか? まあパスタぐらい分かるよな……)
いらぬ心配だと思いつつも、どこか嫌な予感がした東條であった。