ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 天狐の妖刀 ( No.6 )
- 日時: 2010/04/11 19:07
- 名前: 絹世 ◆baKUMl0gkI (ID: YpJH/4Jm)
2.
***
東條は呆れるを通り越して、最早何も言えなくなった。
原因は簡単で、目の前の少女。なんと東條の嫌な予感が見事に当たってしまったのだ。
それどころか、
「……すぷーんとふぉーく? とはどうやって使うのじゃ?」
とまで言い出す始末。この少女——詩世は西洋文化にとことん弱いらしい、というか弱いのレベルではないと思う。どれだけ家に引き篭もっていればこんな事になるのだろう。
仕方なく東條が自分の分のパスタで手本を見せると、案外物覚えは良いのか難なく真似してみせた。
「美味じゃのう……」
「レトルトだけどな」
「れ……れとる、と?」
「説明するだけ無駄か、いきなり妖怪とか言い出すこのどっか頭のネジが外れた少女には」
「証拠ならあるでありんしょう、この耳と尾じゃ。それに先程猫又に襲われたのに未だ現実逃避をするぬしもどうかと思いんすが」
「あー、はいはい悪かった悪かった」
「反省しておらんな、ぬし」
「まあ半分反省ってとこかな」
「どういう事じゃ」
そんな会話を続けながら手抜きのレトルトパスタを食べ終える。フォークとスプーンを皿の上に置くと、改めて先程の問いを投げかけた。
「で、妖怪そういうのがあると仮定して」
「猫又が妖でなければアレは何だというのじゃ」
詩世がムッとしていたようだがスルーした。東條としてはあのシリアスな空気を、空気の読めないコミカルな腹の音によって打ち壊された事によって何だか正直「妖怪」だとか馬鹿馬鹿しくなってきたのだ。
「お前の言ってた契約者とかって何なんだよ? 何かの漫画の用語?」
「ああ、それはな……」
詩世は落ち着いた口調で、
「わっちの持っている妖刀の契約者の事でありんす」
最初から最後まで現実味の無い事を言ってのけた。
「……はあ、そう、妖刀」
「ぬし、馬鹿にしておらんか?」
「…………」
「……馬鹿にしておるな」
「いや、だって妖怪とかファンタジーなモノ言われた直後に、更に妖刀とかいうファンタジー用語+その契約者とかいうので追撃されたら黙るしかない。無かった事にする、あの猫から助けてくれた事には感謝するけど無かった事にするわ」
「薄情者め」
詩世がさっきより更にムッとした口調で言う。確かに薄情者だ。いくら詩世の言った事が現実感ゼロの妄言だったとしても、一応助けてもらった事自体は事実なのだから。
と言っても、やはり詩世の言っている事が信じられないのも事実だ。ここは論より証拠、実物を見せてもらう方が早い。
「じゃあさ、その妖刀っていうの見せてくれないか? それが本物だったら妖怪もお前の話も信じる」
「悪いがそれは無理じゃ」
「…………」
一瞬の沈黙を隔てて、東條は「はあ」と小さな溜め息をついた。何だそれは、結局のところ口先だけではないか。
「その妖刀は透明ですとか言うんじゃねえだろうな」
「何故妖刀が透明でなければならぬ」
「じゃあ見せろ」
「だから無理じゃ」
「……なら全てはお前の妄想という事で片付けていいか?」
「妖刀は本当にある」
「嘘にしか聞こえねえ……」
東條はもう一度溜め息をついた。証拠も無しにファンタジックな刀がありますとか言われても、いかにも嘘くさいパワーストーンよりも信じられない。詩世は自分の事を狐の妖怪だと言ったが、きっとそれもコスプレなのだ。そうに違いない。東條はそう結論付けた。
だがちらりと詩世の顔を見て、一瞬驚くどころか気圧された気もした。先程のムッとした表情は消え真剣な顔つきになっている。嘘はついていないと訴えている、真っ直ぐな眼差し。
それでもやはり、信じられないモノは信じられなかった。別にファンタジーが嫌いなわけではないがそれはあくまで創作物の話で、実際魔術だの妖怪だの云々言われると胡散臭くて耐えられない。
「……確かにさ、助けてくれた事には感謝するけど、やっぱ俺にはそういう話は無理だわ。他、当たってくれねえか?」
「…………」
そう言われた詩世の顔は、残念とかそういうことだけではなく、どこか苦しそうな感じもした。流石に東條も罪悪感が湧いてくる。
詩世は噛み付いてくるだろうと思っていたが、予想に反して、
「……分かった」
只一言、そう言った。
(……そんな顔、されると)
今の詩世の表情を見ていると、罪悪感しか湧き出てこない。悲痛さを、信じてくれない事への悲しみを必死に隠そうとしている少女を見るのが、これ程までに辛いとは。
それでも東條はそんな感情を面に出さず、ごく普通な声と口調で、
「……俺は寝るから、じゃあな詩世」
別れを告げベットの中へと潜った。詩世の顔を見ないように、壁側の方向へ寝転がる。
「……うむ、さらばだ」
詩世が別れの言葉を告げた時、どんな顔をしていたのかは見えない。いや、見なくていい。
相手の言う事は現実味など皆無な話だというのに、何故こんなにも罪悪感が湧くのか。
東條は罪悪感を軽減させる為なのか、自然と言葉が紡がれた。
「家教えろよ、送ってくから」
「……いや、平気じゃ」
その言葉が、更に自身の罪悪感を増させた気がした。
東條は眠るというよりは、自身の感情を振り切るように目を瞑った。