ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 天狐の妖刀 ( No.9 )
日時: 2010/04/15 21:09
名前: 絹世 ◆baKUMl0gkI (ID: YpJH/4Jm)

3.

 ***

 目覚まし時計を見ると、時刻は午前七時。
 カーテンの隙間から差し込んできた朝日で、東條は目を覚ました。
 ベッドで寝そべっている中、考える前に身体が自然と横を向いていた。——昨夜、詩世が居座っていた場所だ。食べ終えたパスタの皿とフォークだけが、片付けられる事なく床に残されている。
 確かに、あの少女は此処に居たのだ。
 (……居るわけねえよな)
 そう、居るわけがないのだ。何せ詩世を追い出した張本人は、東條自身なのだから。
 東條は昨日着ていた服を脱ぎ捨て、新たなTシャツとズボンに着替える。そんな東條が次に取る行動は洗面。廊下に出てすぐそこにある洗面台の蛇口を捻り、これでもかという程の冷水を、じゃばじゃばと顔に浴びせる。
 それでもやはり、東條の気分は晴れない。
 (……はあ)
 罪悪感とは少し違う、何かもやもやした嫌な気分。
 部屋に戻り、ぼすっと音を立てベッドに腰をかける。どこか憂鬱な気分の中、ふとカーテンから差し込む光を見て呟く。

「……人は日光を浴びないと鬱になるという」

 ***

 財布だけをズボンのポケットに突っ込み、東條は家を出た。理由は単純に気分転換だが、特に行くあてがあるわけでもない。そういえば人って朝日を浴びないと鬱になるんだっけかー、という豆知識を思い出しての事。普段ならそんな雑学知識は気にしたりはしないのだが、今日は何となく縋ってみたくなったのだ。
 ぶらぶら、ぶらぶらと東條は七月下旬の空の下を、アテも無く歩いて行く。アスファルトの道を、目的の無い空白の頭のまま。
 そして東條は国道へと出た。そこで自分が朝食を取っていない事を思い出し、近くのコンビニで朝飯でも買おうかと考え付く。ようやく東條にも明確な目的地と言うモノが出来た。
 だが、それでも分からない。
 やはり、分からない。何故自分が今ここまでもやもやした気分なのか。自分自身の感情の筈なのに、その正体が一向に分からないのだ。
 はあ、と小さく溜め息をつく。ああ、溜め息をつくと幸せが逃げるんだっけと迷信めいた豆知識を思い出す。

「あれー、東條だー! 一昨日ぶりー!」

 何だが暗い気分の中、不意に後ろから聞き慣れた明るい声が聞こえた。後ろを振り向くと、一人の小柄な体格の少女が手を振りながら此方へと駆け寄って来ている。
 化粧が必要無い程度に整った顔立ちは、童顔でくりんとした幼い感じの大きい目が特徴的だった。髪型は緩いウェーブのかかっていて、横髪が少し長めなダークブラウンのボブヘア。ノースリーブの白のパーカーにホットパンツで、足の部分は紺のハイソックスにスニーカーというラフな格好。
 絹谷初音(きぬたに はつね)。
 東條のクラスメイトで、よく東條や桑原とつるんでいる。そんな東條からしてみれば、今見た初音の格好は結構意外だった。
 初音はこう見えても、絹谷財閥という財団の第二子であり長女なのである。別に財団の娘だからってそれらしい格好をしろとは言わないが、財団の娘という事にどこかお嬢様のようなイメージを感じていたりした東條なのだ。
 初音は此方までやってくると、東條の隣に並ぶ。

「よう絹谷、一昨日ぶりだな」
「いぇっさー! 一昨日ぶりなのであります軍曹!」

 「へへっ」と笑う初音。相変わらずな初音に東條も思わず「へへっ」と笑ってしまう。
 
「ところで東條ちゃんはこれから何処に行くのさー?」
「んー、コンビニに朝飯買いに」
「東條はバリバリ家事出来たじゃん」
「いや、何となく」
「ふーん、へえー、そー」
「……何だその適当な返事」

 初音はにやりと笑い、

「おやおや、東條は無気力脱力系キャラはお好みじゃないかね?」
「……お前は行動の読めない不思議ちゃん腹黒ロリキャラだろ」
「むむっ、不思議ちゃんとは何かね? 俺ぁ本能のまま行動してるだけだぜい?」
「そういう言動を人は不思議ちゃんと言う」
「へえー」

 その後に二ヒヒと笑みを作って見せた。
 いつも通りの他愛ない話、軽口の叩き合い。この変哲も無い日常のやりとりが、東條にとっては憂鬱な気分を一時的に晴らす。