ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: SURVIVAL GAME ただいま番外編 ( No.326 )
- 日時: 2011/01/08 21:23
- 名前: いち ◆ovUOluMwX2 (ID: PmZsycN0)
SIDE STORY③ 「伝える想い」
12月25日、午後4時45分。
そろそろ家を出なきゃ間に合わない。
俺はマフラーを首に巻きつけると、肩掛けカバンを持ってアパートを出た。
外は粉雪がちらついている。
ホワイトクリスマス、というわけにはいかないけど、十分にクリスマスの雰囲気を感じさせた。
扉の鍵を閉め、足早に階段を駆け下りる。
不思議と、緊張はしなかった。
今から会うのは、犯罪組織のリーダーではなく、ただの高校生。
そう自分に言い聞かせることで、目の前の現実からうまく逃げていただけかもしれないけど。
「寒いな……」
一応出来る限り寒さ対策はしてきたつもりだったが、それでも冬の空気は容赦なく肌に突き刺さる。
5分ほど歩くと、いつもとは少し違う、にぎやかな商店街に着いた。
遠野とは、商店街の中央にある時計台で待ち合わせをしている。
腕時計を見ると、4時52分。
時計台までは5分でつけるから、何とか間に合うだろう。
人ごみを掻き分け、俺はどんどん進んでいく。
手をつないで仲良く歩くカップルや、楽しそうに笑いながら歩く家族。
そして、あちこちに見える「Merry Christmas」の文字が、今日が他ならないクリスマスだということを示していた。
多分、俺は今日という日が待ち遠しかったんだろう。
だって、こんなにも遠野に会いたいと思っているのだから。
人ごみを抜け、何とか時計台にたどり着くと、寒そうに手をこすっている後姿を見つけた。
そいつは、俺が来たと感じたのか、ゆっくりと後ろを振り向いた。
「秋夜—」
「遠野—」
自然に笑みがこぼれる。
まるで、恋人同士のように。
遠野は小走りで近づいてきた。
「来てくれたんだ、秋夜」
俺ははじめて知った。
遠野が、こんなに綺麗な笑顔を持っていたことを。
「………まあ、約束したからな」
こんな時、もっとドラマを見ていたりしていたら、気の聞いた一言を言えるのだろうか。
「行こっか」
「ああ」
遠野と並んで歩き始めた。
商店街をゆっくりと、2人で回った。
初めて見るところや、今までは言ったこともなかったような店に、たくさん行った。
とりとめもない会話を交わし、笑いあった。
きっと、人生でこれほど楽しかった時間はなかっただろう。
夢のような、現実の世界。
今だけは、憂鬱や不安は何も感じなかった。
「秋夜、おなかすいたよ〜何か暖かいもの食べようよ」
「ああ、そうだな」
俺達は近くのレストランに入った。
幸い席はすいており、すぐに座ることが出来た。
「秋夜何食べる?」
「うーんっと………シチュー、にしようかな」
「そっか……じゃ、私も同じの」
遠野はすいませーんと近くの従業員に声をかけた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
笑顔で従業員がやってきた。
『シチューを2つ』
俺と遠野の声が重なった。
顔を見合わせ、従業員をもう1度見る。
従業員は笑いながら「シチュー2つですね」と言い、厨房に向かった。
「秋夜、今日は楽しかった?」
「そうだな。人生で1番かも」
「そっか………ねえ、昨日言ったこと、考えてくれた?」
その瞬間、俺は夢から覚めた。
そう、遠野はやはり、リーダーとしての自分も忘れてはいなかった。
「いや、実を言うとまだ……」
遠野はテーブルの上においていた俺の手を掴んだ。
「今の組織にとらわれてるのは知ってる。私が何とかするから、私の仲間になって、お願い」
「いや、でも………」
確かに、遠野ならばそれも可能だろう。
しかし、最大の問題があった。
それは、ジョーカーの報復である。
もし俺が組織を抜けたら、ジョーカーは母さんの命を狙う可能性がある。
居場所さえ掴んでいれば、ジョーカーは完璧な暗殺計画を立てられる。
そして今、母さんはジョーカーの手中にあると言っても過言ではない。
正直、遠野の誘いは嬉しかった。
けど、それで目的を見失うほど、母さんは軽い存在ではなかった。
「すまない、遠野……やっぱり、俺はお前の仲間になるわけには…」
「いいの。秋夜がそう決めたなら……それでいいの…」
遠野は、悲しそうに、しかしどこか吹っ切れたように言った。
「遠野、俺がジョーカーの組織にいる以上、俺はお前の敵だ。だから………個人的に会うのは、今日限りにしよう」
意を決して、俺も遠野に告げた。
「………え?」
遠野は信じられない、といった目で俺を見た。
「俺は………お前に会えて、すごく嬉しかった。今日お前と一緒にいて……すごい幸せだった。だから………」
俺は遠野の手を握り返した。
「もう、さよならだ」
手を振りほどき、金を置いて店を飛び出した。
「ま、待って!!」
遠野は俺を追いかけてきた。
走りながら、俺は泣いていることに気づいた。
「遠野………遠野っ…」
俺は最低な人間だ。
できることなら、この足を止めて、遠野を待ちたかった。
もっと遠野と、一緒にいたかった。
けど、一度入ったスイッチは誰にも止められない。
「くそっ………くそっ…くっそおおおおおおおおおお!!!」
あまりに自分が情けない。
涙は止まるどころか、ますます勢いを増し、目の前がかすんできた。
「秋夜、待って! 私の話を—」
刹那、一発の銃声が響いた。
「っ………!!」
俺は足を止め、ゆっくりと振り向いた。
「あ……」
遠野の胸に、赤い小さな穴が開いていた。
「遠野………」
俺はフラフラと、遠野に近づいた。
そう、全ては俺とジョーカーが立てた作戦だったのだ。
さりげなく俺はあのレストランに誘導し、わざと遠野が俺を追いかけるように飛び出した。
そこをジョーカーが近くの建物の屋上から狙撃したのだ。
「あき、や………」
遠野は俺に向かって倒れてきた。
「すまない………本当にすまない…!!」
「いい、の………ねえ、秋夜……さい、ごに…ひとつ、だけ…お願い…しても、いい?」
「何だ、何をすればいい!?」
「わた、し……名前で………」
遠野は何かを求めるように、手を伸ばした。
「本当にすまない……茉莉」
「あは、は……やっと…名前で呼んで、くれた…秋夜…す、き…」
その言葉を最後に、遠野は2度と目覚めることはなかった。
「すまない………すまない……!!」
俺は遠野の体を抱きしめながら、いつまでも許しを希った。