ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- 3.The past(2) ( No.11 )
- 日時: 2010/05/17 23:12
- 名前: JYU ◆j7ls9NGWQI (ID: P.N6Ec6L)
7.
BUD/S。
SEALs入隊訓練の一環である。
多くの腕っぷしに自身のある若者達がここに集い、海水に浸り、徹底的にしごき上げられ、ある者は挫折し、ある者は強靭な忍耐力を持ってそれを乗り越える。乗り越えた者にのみ未来がある。訓練生と教官達は事あるごとに問答を繰り返す——「貴様ら、『2番』とは何だ!」「負けの1番であります!」——そして時には理不尽とも思えるほどの追及を受ける。
ダニエル・オズバーンもまた、その犠牲者の内の1人にすぎない。
2002年、まだ寒い冬の中、ダニエルは水浸しの半袖長ズボン、ついでに泥まみれのまま、腕立て伏せをしていた。彼だけではない。他の訓練生72名も一斉に訓練を行っている。ダニエルの隣の訓練生は水をかけられ、凍えそうになりながら腕立て伏せをしている。
「ふざけやがって。子犬みたいにブルブル震えてりゃ許されるとでも思ってるのか? 貴様は今手を抜いていた」
「サー」
「見逃すわけにはいかん。断固たる処置を取る」
更に水の勢いを強くする。その訓練生は歯を食いしばり、苦しげな顔を地面に向けたまま腕立てを繰り返す。
(気の毒に)
ダニエルは心の中でそう思った。この時、ダニエルは24歳だ。既に歩兵として軍歴を積んでいる、それなりに腕の立つ兵士だった。そんな彼でもつい音を上げそうになる。
教官がこちらに目を向ける。どうやら次の標的は自分のようだった。全く、ここは「地獄」で、さしずめ教官は鬼だった。
無言で頭から水をかけられる。急激に冷やされて、頭の中がガンガンと痛むような感覚を覚えた。だが、それで済むならまだ優しいということを、これから彼は身を持って知ることになる。
脚を上に向け、自転車をこぐようにして動かす。この状態で水をかけられると、鼻に入って非常に辛かった。休みは殆ど与えられない。懸垂もさせられた。1時間以上ぶっ続けだ。腕がしびれるし、教官の目があるので、プレッシャーで心までも疲れて行く。
まるでこんこん、とドアでもノックするかのように、腕を叩かれた。「本気出してるか? お嬢さんの二の腕みたいに柔らかいぞ」ダニエルは思った。教官はこちらを追い詰めようとしている。この状況下でも周りを見れる奴こそが評価されるのだと感じた。
「糞野郎! ママのところに帰って飯食いたいなら、訓練を今すぐ辞めてしまえ」
YESともNOとも言えない。発言権はない。ただ一方的に叩き上げられる。そしてSEALsとして本当にふさわしい奴だけが生き残る。
自分にはその素質がある、そのはずだとダニエルは考えた。この訓練で一番の敵は弱気だ。少しでも自信なさげにしているやつは叩きだされる。自信は少し過剰なぐらいでちょうど良い。
かつ、何より大事なのは自分を一番に考えないことだ。常に仲間を気遣う。兵士は1人だけで戦うスーパーヒーローではないのだ。そして特殊部隊員は無敵ではない。逆に言えば、1人から2人に部隊員が増えるだけで、その任務遂行能力は飛躍的に上昇する。それは過去の歴史からも明らかだ。
ダニエルは知っている。湾岸戦争の時、イギリスのS.A.S隊員8名が敵地に侵入し、本来の目的——スカッド・ミサイル発射機の破壊——こそ成しえなかったものの、200名以上のイラク兵をたった8名で死傷させた記録があることを。
しかもスカッド・ミサイル発射機破壊を失敗したのはその地域のみで、S.A.Sが投入された他の地域は、数日の内にスカッド・ミサイルの発射がぱったりと止んでしまったという。
普通の兵士より強く、速い特殊部隊員は少人数でもチームさえ組めれば、多数の一般兵を倒せるということだ。
そう言う存在になる。ある将軍が言った言葉だ。「大抵の兵士は反戦を望んでいる。しかし、それでも戦い続ける理由がある」——ダニエルは祖国や家族を守るという理由があるから、戦い続けている。ここにいる者に限らず、兵士は大半がそうだ。
特殊部隊員は常に「守るために攻める」戦いの最前線にいる。自分はそうなりたい。ダニエルの父親はNEST(核緊急支援隊)に居た。核の恐怖から国を守る重要な職務だ。一方で自分は銃を持って、戦おうと思った。父親と進む道は違えど、その方向性自体は似ていた。
そう言うことを考えていると、いきなり顔面に冷水が飛んできた。
「言ってみろ、ダニエル。何を考えてる?」
ダニエルは答えに窮した。冷水の勢いが強まった。
8.
自分の部屋の整理も、BUD/Sでは徹底される。少しでも靴が汚れていたり、部屋が乱れていれば容赦なく罰せられる。
ダニエルと他数名は完璧だったが、その次の部屋で教官が激しく怒号を飛ばした。「ふざけるな! 糞野郎!」——3日目にして、このセリフを既に聞き飽きている。いやはや全く実に素晴らしい毎日だ! 普通に生活していればこんなセリフ、そうは聞かないだろう。しかしここは普通じゃない。
教官はそうそう訓練生を殴りはしない。だが、厳しい罰を与える。何かある度に冷たい冬の海に身体を浸からせる。馬鹿みたいに重い丸太をそれぞれのチームで持ち、手を抜いている奴がいるチームには追加で更に長い時間、丸太を持たせる。
この段階で、既に心の折れる者がいる。ダニエルは不思議だった。まだ序章だ、こんなことで諦めるなら、何故志願したのか? 彼は不幸か幸いか、精神が強靭だったので、リタイア組の気持ちが理解できなかった。
とある場所に行ってヘルメットを置き、そこにあるベルを鳴らす。それがリタイアの合図だ。今日もまた、2人の訓練生がBUD/Sを去った。
波の激しい海に、チームでボートを運用する訓練も行う。ダニエルのチームは実に優秀だった。メンバーに恵まれたこともあって、ダニエルは他の訓練生よりも幾分か楽をした部類に入るだろう。
そしてまた、訓練で失敗をしたチームは罰を与えられる。優秀なチームは少しだけ休憩を与えられる。こうして順位を付け、競争意識を持たせる。チームの結束がより強くなるか、崩壊するか——もし壊れれば、SEALsの資格はない——それは訓練生しだいなのだ。
ダニエルは諦めなかった。何せ、もうすぐ地獄の1週間が待っているのだから。彼と同期であるアンドレアス・ウォーベックその人も、この年のこのクラスにいた。
彼らは、確かにそこで地獄を見ることになる。