ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: MIRAGE ( No.13 )
日時: 2011/06/18 15:38
名前: 霧月 蓮 ◆BkB1ZYxv.6 (ID: EdkNSjYc)

第七話 誤解時々天才

 「はは……なるほど。通りで魔方陣を展開したりしないわけだ」
 吐き捨てる様に月乃が言う。要を捉えるその目は鋭く、獲物を狙う鷹のようだった。要が僅かに苦笑いを浮かべ小さく頷いたかと思えば、再び魔道書が一人でに捲れ始める。月乃はすばやい動作でポケットから小さな黒い棒を取り出して声を上げる。規定に沿って印を結ぶと同時に琉華が僅かに顔を顰め「あのお嬢が使ってるの、強制暴走の術式をアレンジした強化術式……ですね」と横に無表情で立っている蓮に向かって言う。
 「ああ。恐らくは暴走する恐れがあるから杖を使うのだろうな。黒いの形式は配布される物と違うが杖だ」
 平坦な口調でそう言い、手に持っていた携帯に視線を移す蓮。どうやら先ほど龍菜が起した問題の処理が続いているようである。それでも直接出向かなくていいだけましだ、そう自分に言い聞かせて淡々とメールでの報告をこなしていく。琉華も手伝うといったのだが、実は琉華、機械全般が苦手である。琉華が触れた機械は冷蔵庫、レンジ、テレビを除いては全て壊れてしまうのだから、メールでの報告を琉華にやらせれば仕事が増えるだけである。
 「要もそろそろ本気を出すでしょうかね」
 すっかり話し言葉を業務的なものに戻せば琉華がそういう。僅かに顔を上げた蓮に「気持ち悪いから俺といるときはタメ」といわれて小さく手を上げた。
 「大いなるオリンポスの神、破壊をつかさどるアレスよ、我に力を」
 凄まじい風があたりを吹き渡った。普段魔法の発動ぐらいでは反応を見せない蓮でさえもが驚いたように顔を上げて、フィールドを凝視。要を中心として君が悪いくらいの魔力が渦巻いていた。蓮も魔道書使いが渦巻くほどの魔力を放出することは知らない。縫いとめられたかのように、ただただ呆然と要を見つめる。ただでさえ、蓮と要は仕事上でパートナーを組むことはないのだ、お互いがどのように魔法を使うかなんてほぼ知らないに近かった。分かっていたのはただの魔法使いだということ、ただそれだけ。
 「おい……やばいぞ。要の奴お姫たちを本気で潰す気だ」
 琉華が声を上げた。蓮はあわてたかのように右手を振り上げ声を上げる。「大いなる最高神ゼウスよ、今わが魔力を糧に守護の力を授けたまえ!!」と。本来その魔法にあった神や精霊に力を借りるべきなのであるが、今回は最高神ゼウスに力を借りた方が早いと考えての行動だった。強引に術式を構成して、客席全体に防御壁を作り上げる。
 「姫のほうは何とかなるだろう。いざとなったらリミットを発動しろ」
 蓮はそう指示を出して優希の方へと駆けていく。優希たちとはまだ面識は無いがとりあえずこの場では王族の保護が優先だ、特に後を継ぐ可能性が高い王子達は、そう考えて走る足を速める。

 瞬間、ガクンと空間が揺らいだ。足元が大きく揺らいだことでバランスを崩して蓮は転倒した。それは月乃や春も同じことである。要はニコリと笑って次々と呪文を紡いでいた。おかしいと小さく呟いて琉華は要の様子を眺める。僅かに濁った瞳と不自然な風……そこで琉華は蓮を引き止めるべく声を張り上げた。
 「止まれ蓮!! 狙いはお姫じゃない、お前だ!!」
 魔法使いは広範囲に魔法を施すとき、その術式の難易度によって自分の防御が手薄になる。現在の蓮のように馬鹿広い会場の観客席全体を守るような術式を発動すれば余計であった。蓮は防御壁の向こうにいるから平気なようにも思えるが、実際のところ防御壁は指定された物を守るためにしか作動しない。つまりは蓮が“自分以外の観客達”と設定してしまえば蓮の防御は何もないと考えても問題ない。
 勿論蓮の場合地位が、地位なため対魔法装備も強力な物を使っていた。しかし完全に魔法をシャットダウンできるかといわれれば、答えは否である。必ず取りこぼしが出るし、運が悪ければ威力さえ弱めることが出来ずにそのまま魔法を食らってしまうこともあった。
 要は笑みを歪め、蓮のいる方に手を向けて、何かを呟いた。琉華のいる位置からではよく分からなかったが、きっと“殺す”ための術式であろう。咄嗟に琉華は魔方陣を描き始める。他の魔法使いに比べて描くスピードも速い、しかし要は呪文だけで魔法を発動してしまうのだ、どう頑張ったところで適うはずがない。
 「っ!?」
 光が炸裂した。思わず息をのみ蓮の方を凝視する琉華。琉華は蓮と組んで仕事をすることも多かったため蓮の弱いところをよく知っている。気付いていないときの奇襲なんて言うのはもっての他だった。大体蓮は一つのことに目を向ければ他の事が目に入らなくなるような奴である。それ故に、何度も大怪我をしているし死に掛けたことだってある。そんなことが起こらない様にする、それが琉華が蓮と共に動く理由の一つだった。
 フッと煙が霧散して消えた。煙なのだから消えるのは当然なのだが、一瞬にしてまるで何事もなかったかのように消え失せた。そこに立っているのは長い髪の毛を風に靡かせた蓮の姿。どうにか間に合ったかと安堵の息を吐いて蓮に駆け寄る。その際きちんと要につけてある首輪……リミットを作動させる琉華。
 リミットというのは強制的に力をCランク程度の物まで下げる物で、別名は首輪。Aランク以上のものには必ずつけられていた。発動については任意であるが、暴走を感知した場合は勝手に作動することもある。勿論他者の手で強制的に作動することも可能であった。
 一瞬にして攻撃を防御する魔法を展開した蓮を見て近くにいた人々は言う「彼こそが天才魔法使い、か」と……。