ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Ravinalog γブラック・ラビットγ ( No.5 )
- 日時: 2010/06/23 05:58
- 名前: ヨシュアさん ◆FdjQaNCWZs (ID: bQobMYPz)
第三話 —日向 日和— 〜前編〜
俺は道を歩いていた。古く、端に少しひび割れがあるアスファルトで舗装された道路。
天候管理システムに管理されている太陽光はアスファルトに熱を吸収させるほどでもなく、ちょうど良い日差しで今日も俺の世界を照らしていた。狭い世界を。
そして、俺の左隣と右隣には少女が居た。二人の少女だ。
右隣に居る方はさっきから、五月蝿く。何かと俺に質問してくるが、俺はそれどころでは無かった。
左隣に居る真っ白な、天井に映し出されている偽者の雲よりも、もっと白い雪のような髪と不思議な雰囲気を持つ少女——。その少女はお世辞じゃなくとも、綺麗と言える横顔に優しい笑みを浮かべて、隣を歩いていた。
リィハ・スカイリトゥーネ——。
こいつが言った言葉——。
“何故、私があなたのことを知ってるのか……。それを知りたいなら、学校へ登校してください”
何故……何故、俺のことを——。
「ねぇ! 聞いてる!? 刃音くん!」
「うるっせーな、少しぐらい静かに考え事をさせてくれ」
俺は脳の作業を止めて、視界いっぱいに、叫ぶ人間の方を見た。
右隣の少女——無駄に五月蝿くて、騒がしい俺の苦手なタイプの少女——日向 日和の青いポニーテイルが揺れていた。
「だから! 『Ravinalog』って何なのぉ!?」
「お、お前、知らないのか?」
俺は少し驚き、頬を引きつらせながら言った。
それを聞いた彼女はキョトンとした小動物のような顔で「うん、知らない」と答える。
本当にこいつ、此処に住んでるのか……?
俺は驚きのあまり声が出なかった。
『Ravinalog』——。
ここに住む人間なら、
「誰でも知っている世界最高峰のオンラインネットゲーム——」
俺の言葉の続きを声に出して言ったのはリィハだった。
目を閉じ、何かを朗読するかのように口を動かす。
「『Ravinalog』は此処に住むためのIDと同時に、ゲームに参加するためのアカウントIDを取得することが出来るの」
「うん」
日和は続きを促しているのか、一つ大きく頷いた。
リィハはそれをちらりと見て、また続きを話し始める。
俺は黙って、その様子を二人に挟まれて、眺めることにした。
「『Ravinalog』の目的は『velinas』と呼ばれる機械で『veil』と呼ばれる敵を倒すこと」
日和は丸い目をさらに丸くして聞いた。
「目的はそれだけなの?」
「いいえ、もう一つあるわ。それは楽園を守ること」
楽園……。
「楽園——?」
「そう、楽園——。世界に一つしかない楽園を守り通すこと。『velinas』は楽園に近づかせないために『veil』を倒す兵器なの。それに私たちが乗る。乗って戦う」
戦い……。守る……。
「乗るってことはロボットなの? 昔のアニメみたいな」
「まぁ……そんなところかな」
とそれを聞くと日和は探偵のように顎を手で押さえ、考え事を始めた。
「どういう奴なんだこいつ。つーか何で知らないんだよ。目にしないことなんて、ほとんど無いだろ」
日和は未だに探偵のようなポーズを取り、顔を動かさず、目だけがじろりと蛇のように睨んできた。
「一応あたしも目にはしたことあるけどぉ……全然そんなの知らなかったし。それよりも、刃音くんはその『Ravinalog』をやってて、何で“クロウサギ”って呼ばれてるの?」
クロウサギ……ブラック・ラビット——。
「それを聞いてどうする?」
日和はディスプレイに映る虚空を見上げながら、下唇に人差し指を当てて悩んでる様子だった。その様子はまるで、今にでも空へ翼をのばしたい小鳥の雛の様でもあった。
「別にどうするってわけじゃないけど……でも、すごく気になるんだもん!」
たったそれだけか……。こいつは本当に馬鹿らしい。
左隣のリィハのように疑う必要は無かったようだ。
とは言っても、俺はこの質問に答える気は毛頭無かった。
「誰が教えるかよ……」
俺がそう言うと、日和はわかりやすく頬を膨らませて怒る。
「教えてくれてもいいでしょ。ケチーー!」
その続けざまに右隣から、やれ馬鹿など、やれケチなどという罵声が飛んできたが、俺は無視をした。
しばらく無視をし続けると、またさっきのようにリィハが口を開いた。
「私もよくは知らないんだけど……クロウサギっていうのはその見た目から付けられたらしいの」
「見た目? じゃあ、黒い兎さんみたいなの?」
日和は罵声を止め、今度はまたさっきのように、リィハへ質問をした。
「そう、黒い兎。全身は闇を塗ったように黒く、目は血のように赤い……」
日和は好奇心が推したのか、続けざまに質問する。
「耳は長いの? 草とか人参も食べたりとかする?」
おいおい……。
「そうね……確かあった気がするわ。二つの垂れた長く黒い耳が。でも、さすがに草や人参は食べないわよ」
機械ですもの。とリィハは笑顔で言った。
だがその後に顔を少し下に向けると「でも……」と一度句切る。
「でも……何?」
日和は変わらず、無邪気な子供がお話の続きを聞きたがるように次の言葉を待っていた。
「…………」
俺はただ黙って、リィハの顔を見る。
「人の心を、喰らうかもしれない」
「ひとの……心?」
リィハは顔を上げた。さっきと変わらず、その顔は不思議な微笑みを浮かべている。
「人の心だと?」
俺は眉の間に皺を寄せて言う。
「ええ、そう、人の心」
「どういう意味だ?」
俺がそう聞くと、リィハはその微笑みを俺に向けてきた。
「だって……クロウサギは今や、『Ravinalog』をやってる人間じゃなく、誰だって知ってる存在。知らないのはそこに居る日和さんぐらい。大多数の人に知れ渡るなんて、そう出来たものじゃない。それは人を虜にしてるということ。つまりそれは人の心を喰らってるって言ってもいいんじゃないかしら……」