ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: Ravinalog γブラック・ラビットγ ( No.7 )
- 日時: 2010/07/03 08:33
- 名前: ヨシュアさん ◆FdjQaNCWZs (ID: bQobMYPz)
第四話 —一緒に帰るのはまたねを言うために—
やっぱりというか、予想通りというか……学校は結局、思ったほど楽しくは無かった……。
授業は全部退屈なものばかりだし、今まで来なかった俺に興味本位で近付いてくる人間はうざかったし、何よりもあいつが、月姫がいない……。友人が居ない学校で楽しく過ごそうなんて、無理なことだった。
いつもの日々——。
それに戻ることに恐怖なんてない——。此処に未練も無い——。
俺は塗装がところどころ剥がれ、他にも剥がれかけている建物に背を向けた。
もう戻ってこないだろう。此処には……。
俺は決め付けでは無く、直感でそう思った。
その時だ……。
「おーい! やいばねく〜ん!」
妙にマヌケっぽく、幼い子供のような感じの呼び方。日和の声だ。
後ろに振り返ると、そこにはこっちに走って向ってくる日和がいた。
ディスプレイの太陽が時間帯に合わされ、空は茜色に染まり、
赤ともオレンジとも付かぬ光に西ベースシティは照らされる。
その光に照らされながら、日和は登校の時と同じ笑顔で俺の目の前までやって来る。
どこから走ってきたのか、日和は肩で息をして、額に汗玉を浮かべていた。夕日の中でも一際映える日和の深い海のように青いポニーテイルが少し乱れている。
「どうした?」
俺は無愛想にそう言う。
日和はまだ荒い呼吸を整えながら、そんな俺に笑顔向けてくる。
「一緒に、帰りたくて……えへへ」
まだ何か企みがあるんじゃないかと俺は疑った……が。
こいつはそんなことを考えられる人間じゃない……出会った時から、少しわかっていた。きっと俺と一緒に帰りたいというのも本心から言ってるんだろう。
「ダメ……?」
五月蝿いだけで何の薬にも、毒にもならないこいつが子供っぽく言ったのか、それとも元々こいつは子供っぽいのか……。まぁ、どう考えても、後者だろうな。
俺は浅い溜め息を一つ吐き、日和の同行を了承しようと「どうせ、最後だ」と言った時だった。
「それじゃあ……私も一緒でいいですよね」
突如として後ろから、聞こえてきた声。
俺は驚き、一つ飛び退いてしまう。
「あら、そこまでびっくりしなくても……」
一糸も乱れぬリィハはクスッと笑うと、俺の目を見てもう一度言った。
「私もご一緒しますよ」
俺はリィハの突然な登場でたじろぎ、思わず了解をしてしまった。
「あ、あぁ……」
俺は日和を見やって思う。
こいつはどっちかって言うと毒だな……。
リィハはにっこりと微笑むと、日和の傍に行き、まだ息切れしている日和の背中を撫でた。
俺は少しリィハを睨んで言う。
「つーかお前、忘れてねーか?」
リィハは日和の背中を擦りながら、「ふふっ」と笑う。
「約束のこと、別に忘れてませんよ。私はあなたに聞かれなくても教えるなんて、一言も言ってませんから」
リィハは涼しい顔でそう言った。
「わ、忘れてたわけじゃ——!」
「それにあなたも、帰るのに私を置いていこうとしてたでしょ。だから教えない。お相子よ」
それを聞いて、俺は一つ大きな溜め息を吐いた。
「……そうかよ、だったらもういい」
「あら、いいんですか?」
リィハの不思議な微笑みに変化は無かった。だけど、少しは驚いてるようだ。日和の背中を擦る手が止まっている。
俺は日が傾いてる西の空を見た。偽者のくせにやけに眩しい太陽。それに合わされて、変わった火の色のようなオレンジの空。
俺はこれを初めて見たとき、これが本物の太陽なんだ……って、しばらくずっとそう思っている時期があった。これは偽者だ……ってのを何時誰に聞いたかまでは忘れてしまったが、その時の俺にとってその言葉こそが嘘に聞こえ、世界が逆さまになったような衝撃だった。
いつもと変わらない軌道で太陽が東から西に下りて、そして夜はいつも同じ場所で輝く星と日ごとに欠けては満ちていく月があって、定期的に配置された雲がそれらを見え隠れさせる。それが、俺の知ってる空で、俺の世界のはずだった。
だが、しかしその小さすぎる世界は一つの言葉で微塵にも砕け散り、消えてった。
でも、どうだろう? それを知ったところで次の日も、また次の日も、俺の見る世界が変わっても、俺の日々が変わることは無かった。
だからこそ、俺がクロウサギであることを誰が知っていようが、俺の日々に変わりなんてない。知ったそいつも変わらない。クロウサギの招待を知ってる。ただそれだけの事実。大体、俺のログイン状況を探れば俺がクロウサギだってことは誰にでも、すぐにわかる。絶対に知られないことじゃない。
大体、俺はクロウサギの招待がばれようが、クロウサギでveilを狩り続ける日々は続くんだ。
誰に見られようが、誰に知られようが、黒の兎は走り続け、狩り続けるんだ。
「別に……もういいって思っただけさ」
リィハは俺の顔を下から覗き込む。
「もしかして……別に大したことはない。って思いついた?」
口の右端を吊り上げ、俺は苦笑に程近い微笑みをリィハに見せる。
「お前って、何個も先回りした考え方してるんだな……」
「そうじゃないと、脅しなんて出来ないわ」
リィハは背中を擦るのやめ、右手を差し出したかと思うと俺の右手を握って、口を開く。
「私は周りに言いふらして、あなたを困らせることが出来るわよ。それでも、もういいって言える?」
俺は鼻で短く笑い、こう言った。
「お前って、そんなつまんねーことする奴じゃないだろ」
リィハはにっこりと微笑んだまま、少し首を傾けて、「まぁ……そうね」と言った。
リィハが握った手を離すと、そこに体力が戻った日和が割り込んでくる。
「ねぇ、さっき言いかけてた……『どうせ、最後だ』って、どういう意味?」
日和は随分と心配そうな瞳で俺を見つめていた。
「別になんでもねーよ」
俺は素っ気無く答えた。
日和は潤んだ瞳でそれに食って掛かる。
「学校! もう、来ないでおこうなんて……思って、ないよね…
…?」
こいつはどうも勘がいいらしい。
「思ってねーよ」
俺は本当は思ってることを隠し、嘘を言った。
嘘でもこう言わないと、この場は落ち着きそうに無い。
「本当……?」
日和は涙目な上目遣いで言う。俺はそれにそっぽを向いて、短く「ああ……」と答えた。
リィハは俺の心情をわかってるのか、わかってないのか、とりあえず日和をなだめようとしてくれてる。
- Re: Ravinalog γブラック・ラビットγ ( No.8 )
- 日時: 2010/07/03 08:34
- 名前: ヨシュアさん ◆FdjQaNCWZs (ID: bQobMYPz)
「大丈夫だから、日和。泣かないで……ほら、あなたの可愛い顔が涙で皺くちゃになっちゃうでしょ」
リィハはハンカチを取り出して、日和の瞼に溜まった今にも零れそうな涙を拭い取っていく。
そこまでして、俺に学校へ通ってほしいのか……? 何のために……。
「じゃあさ、刃音くん。一緒に帰ってくれる?」
俺のため、自分のため、その両方なのか。それとも一方なのか。いや、そんなことはどうでもいいことだな……。
「わかったから、泣きそうになるのはやめてくれ」
そう言った瞬間、日和の目尻にはまだ少し涙が浮いていたが、笑顔はさっき見せたお日様になっていた。
「って……言っても、俺は寄るところがあって、しかもそれは逆方向。結局、一緒には帰れない。まぁ、ここで待つって言うなら、別に俺は構わないけどな」
目の前の二人は練習でもしたかのように、お互いの目線を同時に合わせて、二人同時に言う。
「付いていってはダメですか?」
「付いてっちゃ、ダメ?」
二人の瞳は懇願を含んだ脅しに限りなく近いものだった。
俺はそれにたじろぎ答える。
「つ、付いてくるって、病院だぞ?」
二人は俺を見つめてくる。俺はそれに耐え切れず、仕方なくオッケーしてしまった。
「お前ら……そこまでして一緒に帰りたい理由があるのか?」
リィハは横目で日和を見る。どうやら、ここは日和に任せるという合図らしい。
日和はその合図を見てたのか、見てなかったのか、喋りだす。
「だってね。……またねって、また明日会いたいって言いたいから、一緒に帰りたいの!」
日和はディスプレイの偽者の太陽なんかよりもずっと眩しい笑顔でそう言った。
「そうか……」
俺はまだ、一日しかこいつと一緒に過ごしてないけど、何となくこの言葉は日和らしいと、俺は思った。