ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 人、人、人。 オリキャラ募集 ( No.12 )
日時: 2010/06/06 23:42
名前: 煌謎 ◆vBOFA0jTOg (ID: 3r6DhwLS)

▼Scene03 「陳腐な言葉」

誰かを暗殺するに於いて、其の者の警備が固いとき、方法はほぼ絞られる。

非常に近距離から狙うか。
目に入らない程遠距離から狙うかだ。

遠距離になると当然ライフル射撃等の技術が問われ始める。
才能なんかも必要で、簡単に言うと厄介だ。
そうなると必然的に近距離での戦法が増える。
標的の近くにいられて、尚且つ警戒されないような人物になろうとする。


中でも一番よく使われるものが、此れだ。

「あ、の。私、貴方が好き! 愛してるのっ!」

紅潮した頬。緊張に震える声、微かに潤み情熱を孕んだ瞳。
女は女優とはよく言ったものだ。

此処まで精巧に『恋する乙女』を創り出す処は尊敬に値する。

まあ、見慣れてしまえば演技力の評価場でしかないんだが。
僕は仕事上の都合で、偶に男装して依頼を果す時がある。今、正にそうだった。

目の前で一世一代に見せかけた告白劇をする少女、名前は歌廉と言っていた。
本名でない事は言わずも判る。

其れは其れとして、こういった状況で大切なのは、いかに相手に本心を悟られないかと言う事。
殺気を隠し、敵意を隠し、殺されない程度の警戒心を持ちながら、返事が来るまでの緊張感を演出しなければならない。
相手の出方次第で取らなければいけない行動もまちまちだ。


そう考えると此れも技術力が鍵となる。


しかし。
此のような場面に晒された時ははっきり言って此方側が不利だ。
雰囲気である程度タイミングが解かる事はあっても事前に言い回しを考えたり出来ない。
加えて騙す気でいる相手を騙す程の演技力が必要だ。

「……僕は、……一緒に居られない」

コツは少し間を置いて遠回しに否定する事。
目線は相手の目を見ておき、肝心な処で逸らす。斜め下を見るように。
そして相手に考える時間を与えないよう立ち去る素振りを見せる事だ。
そうすると、向こうは行動せざるを得ない。焦りも掻き立てられる。

「まっ、待って!!」

ぐっと、袖を引かれる。
こんな風に相手が此方の身体に触れてきたなら、結構な役者だと思っていい。
殺し屋に手を伸ばすなんて自殺行為もいい所だからだ。

「好きっ! 本当に好きなの! だから、少しだけでもっ!!」

此処からが此の茶番劇の見せ場になる。
失敗は許されない。僕も、向こうも、どちらもだ。

懸命な演技には其れ相応のモノで答えなければならない。
其れが礼儀であり勝つ為の絶対条件だ。

反転して歌廉を抱きしめる。
念の為に腕も纏めてきつめに締めた。相手の自由はなるべく奪わなければならない。


「俺は…」

台詞は要だ。
言い方、間合い、其処に籠める感情が全てを左右する。
此の場面で意識しなければならないのは、自分の言う言葉が禁忌だという事だ。
裏の業界に住む者にとって、誰かに心を許すなどあってはならない。

「お前に……お前をっ」

だから、感情は表になるべく出さない。
声も聞き取り辛いぐらいが丁度良い。
気持ちを押し殺して苦しげに、よく聞く表現で言えば血を吐く様な声で。


「   愛   し   て   る   」 


精巧な模造品の言葉を捧ぐんだ。

「っありがとう……」

歌廉が擦り寄って言う。
其の身体から立ち上る香水の香りのきつさに吐き気がした。


何にしても、此れで茶番の第一幕が終了。
此の後は暫く二人して恋人ごっこでもしていれば良い。



───── 大  切  な  の  は  最  終  幕  だ 



舞台は人通りの少ない所を選んでやろう。仕事しやすいように。
殺し屋なんて皆人込みが嫌いだから怪しまれずにいける。そういった場面を作ったら、少し相手の出方を待ってみよう。
勿論自分から仕掛けても構わないけど。


「ねぇ」

「……何だ?」

其処もし、相手が今まで見せなかった極上の笑顔で


「愛してるわ」


と言ったなら、其の場で茶番は終了。
次の瞬間から其の女は殺人鬼だ。


俺は口角を吊り上げて殺人鬼の鈍い銀光を放つ物を持っている腕を斬り飛ばした。
すると、意外な程あっさりと、其れは悲鳴を上げて女に戻った。

血が止め処なく流れる腕を押さえて蹲り、恐怖に染まった瞳を向けてくる。
俺が一歩踏み寄れば地面を這って後ずさった。

「ど、如何して! 如何してっ! 私の事、私の事愛してるって言ったのにっ!!」

何を言い出すのかと思う。
自分も同じ言葉を吐いて、僕を殺す気だったのだろうに。

「何でっ、何でよ、愛してるって、そう言ったでしょ……!?」

じゃりっ、という砂を踏む音に比例するように、彼女の顔が引きつる。
息を呑む合間に紡がれる「何で、如何して」という疑問の呟き。
実に滑稽だと思いはするが、そんなに望んでいるのなら、……何度だって言おうじゃないか。

「勘違いするな。今だって…………愛しているさ、心から」

「ひぃっ!」




黒錬の血を拭って布で包んで背中に戻す。
ふっと、見上げた空が、何処までも灰色だった。