ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 人物語 -1905日間の放課後- ( No.3 )
- 日時: 2010/06/14 15:14
- 名前: 音暮 ◆KGyV2CsFBI (ID: olAAS3wU)
第二晩 「雨月」
冷たく硬いベッド。
天井から滴る水滴が地面を濡らす。
その音で俺は目を覚ました。
「……朝、か」
体を起こして髪を手で梳く。
目の入るのはいつもと同じ風景。
頑丈な鍵の掛けられたドア、窓には鉄柵、そして自分の手足には重く冷たい鎖。
他から見れば異常そのものだろう。
だが、俺にとってはこれが普通、だった。
ここは“異端者”の集まる施設いや、牢獄だと言われた。
俺は三年前、いきなりここへ連れて来られた。
当時中学二年生だった俺は、いつも通り家路を急いでいた。
しかし家へ向かう途中、いきなり見知らぬ男達に連れ去られ、気付いたときにはこの状態だった。
もちろん理解なんて出来なかったし、ここから抜け出してやると何度も脱獄へ挑戦していた。
しかし今はもう、そんな気力すらなかった。
朝目を覚まして、奴らが持ってくる飯を食べて、そして一日何もせず過ごし、寝る。
これがもう日常になってしまった。
「1027、朝食だ」
そう言ってドアに付いている小さな小窓から朝食を差し出される。
俺はそれを受け取る。
1027、これが俺のここでの呼び名。
おかげで自分の名前が何だったのかすら思い出せなくなってしまった。
俺にはもう、希望も何もない。
そう思いながら朝食を口にする。
そして目を瞑った。
浮かぶのはいつも同じ風景。
この牢の前に女性が立っていて、涙を流し呟く。
“ごめんね”と。
その姿だけが鮮明に記憶に残っていた。
「誰なんだよ……」
考えても分からない。
俺は空っぽになった食器をドア前に置き、再びベッドに寝転がった。
殺風景な天井、毎日眺めているその天井を俺はジッと睨む。
ドンッ
大きな爆発音と共に俺の真上の天井が崩れる。
「はっ!?」
咄嗟に受身を取り、自分の身を守る。
砂埃が充満し、目の前は真っ白。
その奥に人影が見える。
「あー火薬の量が多すぎたな」
久しぶりに聞く他人の声。
いつも飯を置きに来る奴らとは違う声だった。
「……」
俺は目を凝らし、人影を見つめた。
だんだんと晴れていく視界、映るのは眩いほどの金色。
「金髪?」
俺の声に気が付いたのかその金髪をこちらへ目を向けた。
曇りの無い綺麗な、黒い瞳だった。
「……おー。やっぱり生きてんじゃねぇか」
男は一瞬だけ驚いたように動きを止め、その後に嬉しそうに微笑んだ。
人の笑顔を見るのはかなり久しぶりだろう。
「……アンタ、何」
俺は警戒し、そう尋ねる。
「あー俺? 俺は“万屋”だよ。お前は?」
男は人懐こそうに笑って答えた。
その笑顔に裏はなかった。
「俺は……「侵入者だっ!!」
俺が答えに戸惑っていると奴らの声がそれを遮った。
どたどたと走る複数の足音、推定二十か。
「あちゃー。もう来ちゃったか」
男はそう言って頭を掻く。
金髪が風に流れて輝く。
「行くぞっ」
そう言って俺の腕を引く。
鎖がチャラッと音を立て、俺は牢の外へ出た。
まさか、この牢から出られる日が来るとは思わなかった。
こうして人に手を引かれる日が来るとは思わなかった。
無性に泣きたくなった。
「スピード、上げなきゃ追いつかれるぞ」
俺は前を走る金髪男にそう言って自分の足を速めた。
「お前、足速ぇな」
男も劣らずとスピードを上げた。
後ろを追う奴らがどんどんと小さくなっていった。
「撒けたか……って、大丈夫か?」
男がふと後ろを向けばそのにはバテた俺がいた。
「はぁ、はぁ……アンタ、持久力あり過ぎ」
なんでコイツはあれだけ走って息が上がらないんだよ。
それが正直な感想だった。
「んでさ、お前の名前は? さっき聞きそびれたから」
男の問いに俺は戸惑う。
「俺、名前……覚えて、ない……んだよ」
俯きそう呟いた。
「……そっか。じゃ、俺が考えてやるよ。お前の名前」
そう言って俺の頭をポンと軽く叩いた。
嬉しかった。
俺にこんな事を言ってくれる奴、三年間は会っていない。
だから、余計に嬉しくて、涙がまた溢れそうになって、
俺はそれを隠すために男から顔を背けた。
「よし、決めた。お前は“雨月”だ。獅堂 雨月(シドウ アマツキ)。あ、獅堂ってのは俺の苗字な」
雨月——
今日は雨が降りそうだから、んで、お前の目が月みたいに綺麗な金色だから。
男はそう言ってまた笑った。
その笑顔に俺はさっきまでの警戒心を解いていた。
コイツなら、信用できるかもしれない。
そう思ったから——