ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 黒兎 -Jet Black Rabbit - ( No.27 )
- 日時: 2010/07/17 08:37
- 名前: 獏 ◆jOx0pAVPUA (ID: og6.uvq4)
第七夜 「侵入者」
その後、暦の私室の哀れな扉は業者によって直された。
しかし此処は無料で直してくれるような善良な組織ではなかった。
扉破損修理代、四万六千円は会社に対する暦の借金となるらしい。
壊した本人達ではなく。
「いやーごめんね、暦。悪気は多分無かった筈だよ?」
藍草は明るい笑顔でそう告げる。
まるで暗い影を落とす暦を見て楽しんでいるかのように。
「お前、笑顔輝きすぎだろ。何? 俺が落ち込んでるの見るのそんなに楽しいのかよ?」
その問いに大きく頷くピンク髪の彼女。
暦は何とも言えない怒りを胸にベッドに沈む。
「えー。寝ちゃうの? まだ十二時だよ、暦ぃ」
「十二時は立派な夜中ですヨ、藍草さん。……俺は疲れた。頼む、霜雪。連れて帰ってくれ」
暦はベッドに埋もれたままそう言った。
「初日だっていうのに大変だったな、ご苦労さん。ほら、藍草。帰るぞ」
霜雪は苦笑いしながらそう励ましの言葉を送った。
(良かった。黒兎に霜雪や汐さんが居て)
もし居なかったら俺はきっと疲労死していただろう。
引きずられながら自室を去っていく藍草を見ながら暦は静かに溜息を落とした。
「やっと寝れる」
そう思って重い瞼を閉じようとする、が
「暦!! シャンプー持ってるか? 貸せ。俺のやつなくなっちまった」
風雅によってそれは防がれた。
「……シャンプーなら風呂場に棚にある。頼むから、土下座でも何でもするから俺を眠らせてくれ」
暦は風呂場を指差した。
「サンキュー。じゃ、また明日な」
バタンと扉が閉じられる音。
暦はその音と共に眠りについた。
またもそれすら破られる。
窓ガラスの割れる音が耳に入り、暦は勢いよく起き上がった。
「寝かせろ!! 一分でいいから寝かせろよ!!」
もう顔が半分泣いている。
暦はその勢いのまま扉を開けて廊下を見渡した。
「!?」
廊下の床を埋め尽くす紅。
光る銀。
死した肌色。
「一体、何事だよ」
緊急警報が鳴り響き、放送が流れる。
『緊急事態。十八階西フロアにて侵入者。既に数名の負傷者が見られる。社員は急ぎその場へ向かえ』
それと同時に近づく足音。
暦は目の前の光景に眉を寄せ、この事態を起こした犯人を目で探す。
しかし周囲にそれらしき人物は見当たらない。
「違うよ。こっちこっち」
聞いた事のないテノールの声。
背筋が凍るのを感じ、振り返ろうとするがそれは背後にいる人物によって阻まれる。
腕を掴まれ、首元にナイフを突きつけられる。
「っ、何、者だよ。テメーは!!」
背後にいる男の力が強く、腕の拘束を解こうとしても、それ以上の力で阻止される。
「死にたくなかったら少し大人しくしててね“暦クン”」
自分の名前を呼ばれ暦は肩をビクつかせた。
徐々に集まる社員達。
もちろん風雅や藍草達もその場へ駆けつけていた。
「暦!!」
風雅は自分の武器である小型の銃を構え、暦の背後へ向ける。
「おーっと。そんなモン人に向けたら駄目じゃん、青年。“排除”」
男のその言葉が発せられるとほぼ同時に風雅の銃が姿を消す。
「なっ!?」
「危険物は全て排除。それが俺の仕事」
一瞬でその場の空気が緊張に包まれる。
それはもちろん暦も同じで、額からは嫌な汗が流れた。
男は周りを見渡し頭を掻く。
「んー。この人数に一人はちょっとキツイかな」
男はそう言った後に暦の耳元で呟く。
「また今度遊びに来るよ。“荒神 暦”クン」
男はそのまま背後の窓から飛び降りた。
社員達が窓に寄り、見下ろすがそこには男の姿はなかった。
「暦、無事か!?」
風雅達が暦に駆け寄り問いかける。
「あぁ、無事、だ。でも……あの男、俺の名前を知ってやがった。俺は、あんな奴会ったことねぇのに」
見知らぬ人物が自分の名前を知っている。
いつもならそこまで気にしないが、
この日は知っているという事実が気になって仕方なかった。
止まらない体の震え
それが恐怖からのものなのか、
それとも違う何かに震えているのか。
彼にはそれが分からなかった。