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Re: 理想郷 ( No.37 )
日時: 2010/07/11 15:56
名前: 金平糖  ◆dv3C2P69LE (ID: TQ0p.V5X)

第二話 天使と悪魔にとっての天国と地獄。

「もう……信じられない!」

ラン・アウェイ……移動型理想郷であるそれは英語で『逃げる』と言う意味の名前を持つ。
勿論名前の通りラン・アウェイは危険地帯から安全な場所へ常に移動をするように設計されており、今ラン・アウェイは大西洋上空を飛んでいた。

そのラン・アウェイの中の都市の一つで、高級住宅街ビバリーヒルズ……
大富豪などの多くの豪華かつ華麗な邸宅が立ち並ぶ住宅街の中でも一際大きく、どこよりも豪華で華麗な豪邸の中のある一部屋から華麗な豪邸に似合わぬ、少女の憤怒の声が響いた。

「このブランドは嫌って言ったじゃない!こんな安い服よくも着せようとしてくれたわね!もう良いわ……アンタ達はクビよ!今すぐここから出て行きなさい!」

腕までの茶色の綺麗なストレートの髪を揺らし、同じ色した大きなぱっちりとした目をさらに大きく見開かせた少女は、息を荒くしながら手に持っていた服を床に投げ捨てた。
「そんなぁ……お願いします、それだけは勘弁してくださいませ」と部屋に居るメイドは涙を流しながら必死で懇願した。

全身をブランド物で固めた少女、マリン・デイアスは大企業の社長の娘……つまりは社長令嬢で何不自由なく我侭一杯に育てられた箱入り娘だ。
今年で14歳になると言うのに小学生か幼稚園児の様に我侭で、使用人や家庭教師達を困らせてばかりいた。

「お黙り!立場をわきまえなさい……そもそもあなた達の様な土人が理想郷に居る事自体がおこがましいのだわ!」

そこへ突然部屋の扉が開かれ、

「マリンお嬢様、どうなさいました!?」

執事服を着た一人の男性が焦った様子でマリンに近づいた。
男性はまだ20代前半の若い男だった。

「セイイチ!この使えない土人を今すぐ追い出しなさい!」

マリンは部屋に居るメイドを指差しながら地団駄を踏んだ。
セイイチは床に投げ捨てられた服を拾い、マリンを宥めた。

「お怒りなのは分かりますがここは気分をお鎮めになって下さいませ、お洋服は私が直ちに用意します。
 カヨさん、あなたは午後の為に応接間の掃除を……」

もう慣れたという表情でセイイチはメイドに指示を出した。
年齢的にはセイイチよりもメイドの方が年上なのだが、物心ついた頃からずっと執事として働いて来たセイイチの方が立場は上であった。

「は、はい!」

メイドは助かったという表情で涙を袖で拭きながら部屋を出て行った。

「ちょっとセイイチ!なんであの土人をクビにしないのよ!」
「私にそのような権限は御座いません……それにお嬢様、土人なんてはしたない言葉は使ってはいけませんよ」

セイイチはマリンを椅子に座らせ、紅茶を入れ始めた。

「だって学校で習ったわ!ヘル居る殆どがお金を知らない、読み書きも出来ない、何も出来ない土人達って教えてもらったのよ」

てきぱきと紅茶をティーカップに入れながら、セイイチは言葉を選びながら会話を続けた。
マリンが母親のお腹の中に居た頃からの付き合いであるセイイチはマリンを怒らせずに、なおかつ納得させるのには慣れている。

「学校で習った事としても、そのような言葉を使ったら奥様がお嘆きになりますよ。それにマリンお嬢様、貴方だって六年前……八歳の時まではそこに住んでいたのですよ?」

マリンは渋々理解した様子で、足をぶらんぶらんと揺らしながら少しだけ不機嫌そうな声で「分かったわよ……」と呟いた。

「それでは、すぐにお洋服を用意いたしますので……」

セイイチは紅茶をマリンに差し出し、部屋を出た。