ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 理想郷 ( No.39 )
日時: 2010/07/12 16:04
名前: 金平糖  ◆dv3C2P69LE (ID: TQ0p.V5X)

マリンが気に入る洋服を選び、それをセイイチはマリン専属のメイドに渡した。

「良いですか、絶対に着せる時にマリンお嬢様に手が当たらないようにするのですよ」

メイドは不安そうな顔で頷き、洋服を受け取った。

つい最近まではこのような仕事はマリンが一番心を許しているセイイチがやっていたのだが、半年前にマリンの将来の婚約者が出来てからは『14歳の娘と年のそこまで離れていない男にそのような仕事をやらせるべきではない』とマリンの父親が言ったのでセイイチはマリン専属の執事を降ろされた。

代わりに他のメイドをマリンの専属にしたのだが、セイイチよりも仕事が出来るメイドは滅多におらず、毎日毎日マリンの部屋からは怒鳴り声が響いた。
その度にセイイチはマリンを宥める為に自分の仕事を投げ出してマリンの部屋へ駆け込んだ。

一体何時になったら自分は開放されるのだと思いながら、セイイチは先程のマリンが投げ捨てた服を持って中庭に出た。
中庭にはつい最近ヘルからやって来た、整った顔立ちをした14歳の庭師の少年が仕事をしていた。

この屋敷に勤めている使用人の大体は整った顔をしていた。
その理由は奥様で、奥様は常に『美しき物』に囲まれていなければヒステリーに陥ってしまう人間であり、衣服、装飾品、椅子、テーブル、床、壁、置物……花瓶に挿してある花までも美しき物ではないといけなかった。
セイイチの顔も完璧とまでは行かないが、それなりに良い方である。

「ユーリー君、約束通りお嬢様の要らない服を持ってきましたよ」
「わぁ!有難う御座います!」

嬉しそうに少年……ユーリーはセイイチにお礼を言った。

「君はその要らない服をどうするつもりなんだい?」

ユーリーは小さく微笑んだ後、

「売ってお金にするんです。
 お嬢様、こんなに高価な服を一回袖を通しただけで捨てたり、気に入らないという理由で着ないで捨てたりするじゃないですか。だから、売ればかなりお金になると思って……」
「あぁ、成る程。じゃぁ君はそのお金をどうするつもりなんだい?」
「僕が今まで住んでた孤児院に献金するんです」

セイイチは一瞬の間少しだけ戸惑った。

「僕、孤児院出身なんです。でもその孤児院、お金が全然無くてすごいひもじいんです。
 だからお母さんと兄弟……と言っても孤児院の院長と同じ孤児院の子の事ですけど、お母さんと兄弟の為に少しでも多くのお金が必要なんです」

孤児院とは身寄りの無い子供の為の施設とは知っていた。
セイイチもかつては身寄りの無い子供だったが、気付いたらここで働いていたセイイチにはお母さんも兄弟も、孤児院でさえも程遠い物だった。
今ではすでに子供という年齢じゃないセイイチは、たとえ血の繋がりが無くても『家族』と呼べる物を持っているユーリーが少しだけ羨ましく思えた。

だから、つい聞いてしまったのだ。

「家族とは、どんなものなんだい?」

ユーリーは目を少しだけ大きく見開いた後、大きく笑いながら、

「ピアノみたいなもの!」

セイイチは納得する事が出来なかったが、その言葉を忘れる事は無かった。

「ピアノの……みたいなもの……?」

そこでセイイチは、ファの音が壊れてもう駄目なピアノを捨てていなかった事を思い出した。