ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 理想郷 ( No.47 )
- 日時: 2010/07/17 16:41
- 名前: 金平糖 ◆dv3C2P69LE (ID: TQ0p.V5X)
カタカタカタカタカタカタ……
コンピューター室では機械の様に途切れる事無く、物凄い速さでキーボードを叩き続ける音が響いていた。
「教えてくれないなら……調べるのみだ」
レンリは納得いかないという表情をしながらキーボードを叩き続けた。
何故、佐伯が良くて自分が駄目なのだ……レンリの頭の中はその考えだけがグルグルと浮かんでいる。
佐伯ミチコは確かに頭はそこいらの人間よりずっと良い。そして自分はその佐伯よりも頭が良い。
ならば何故自分が行けない?
頭の中で何回も何回も同じ質問を繰り返す。
いつの間にか自分の指先の皮が擦れて剥けて、指とキーボードが血で汚れていく。
「あと、2,5秒でそれが分かる……」
ハッキング完了、到達まであと2,0、1,9、1,8、1,9……
その間もレンリの指はキーボードを叩き続けている。
「0,3、0,2、0,……」
「駄目ぇ!!」
あと0,1秒の所で、レンリは遠野に腕を掴まれハッキングを失敗をしてしまった。
レンリがキーボードから手を放した隙に解除されたプログラムとパスワードは再び閉められ、木乃に体をしっかり床に押し付けられたレンリは身動きを取れなくなった。
「紫陽花学園をハッキングしようとするなんて!加藤君……それはいけない事なのよ!」
先程とは打って変わって遠野は厳しく迷いの無い声でぴしゃりと言い放った。
レンリは既に叫ぶ気力ももがく体力も残ってはおらず『余計な邪魔をしやがって……』と頭の中で思いながら静かに目を瞑った。
あと、すこし、だった、のに……
意識はどんどん遠のいて、するすると滑るかのようにレンリは眠った。
「眠ってしまいましたね……」
遠野は息をはぁはぁと切らせながら呟いた。
「親御さんに連絡を入れよう、迎えに来てもらわんとな……」
木乃は立ち上がり職員室へ向かおうとすると、遠野が静かに「加藤君、どうなっちゃうんだろ……」と呟いた。
「どうなるもこうなるも、良くてハッキング扱いで退学のみ、悪くてクラッキング扱いで少年院か少年刑務所行きだろうな」
「どうにかなんないですよね……」
諦めたかのような口調で遠野は呟いた。
- Re: 理想郷 ( No.48 )
- 日時: 2010/07/17 18:16
- 名前: 金平糖 ◆dv3C2P69LE (ID: TQ0p.V5X)
外は台風だった。
しかしイチイはとくにそれを気にする事無く、そこらの物とは非にならない、しっかりとした強化素材で出来た家の中でテレビを観ていた。
だが、それを邪魔するかのように突然電話が鳴った。
「電話ー?迷惑だなぁ、もう……ママが出てよぉ!」
「もぅ、仕方が無いわねぇ……イチイは全く親孝行をしない子なんだから」
そう言ってイチイの母親……マサコはしぶしぶ立ち上がり、受話器を手に取った。
40直前とは思えない立派なナイスバディは、しっかりイチイに受け継がれていた。
そんなビッグサイズおっぱいを揺らしながらマサコは「もしもし、加藤です」とお決まりの台詞を言った。
「え、レンリがですか?あぁ、はい、はい……」
どうやらそれはレンリの事だった。
イチイは耳をそちらに集中させ、話を聞いた。
「それは要らない親切をどうも……はい……うっさい!黙れ醜男!自分のイチモツしこってな!」
そう言ってマサコは受話器を置いた。
短気すぎだよママ……とイチイは思ったが口には出さず、
「レンリがどうしたの?」
マサコはニッコリと笑い、
「紫陽花学園をハッキングしようとしたの」
「えぇっ!?」
思わずイチイは大きな声を出してしまった。
「だけど寸前で止められちゃったみたい。それにしても学年主任の木乃?すっごいウザイ!何が『特別に退学ではなく自主退学という扱いになりました』とか要らない親切だわ!
それに何なの?この台風の中迎えに来い?ふざけんな!死ねってか?私に死ねって言ってんのか?」
苛々した様子でマサコが地団駄を踏んだ。
「落ち着いてよママ……台風がある程度収まったら私が迎えに行くからさ……」
17年間マサコの娘をやっていたイチイは、マサコが本気で怒るとどんなに恐ろしいかこの身で理解していたので必死でマサコを宥めた。
しかし……まさか弟であるレンリがハッキングするなんて、しかも退学なんて……
これじゃ理想郷は行けなくなったわ、残された道は玉の輿。帰ってきたら昨日みたいにボッコボコにしてやるわ。
イチイはそうとしか思っていなかった。
なぜレンリがハッキングなんてしようとしたのか、玉の輿して、家族はどうでも良いのか……どれもこれもイチイにはどうでも良い事だった。
いつだってイチイは自分の事だけを考えて生きてきた。
そうしなければ、損してしまうじゃない。
私が損なんて絶対嫌よ。
損をするのは限られた『不幸な者』だけで良いじゃない。
元から不幸なんだから、これ以上不幸になっても何も変わらないわ。
小さな頃からそう言って来た。
イチイは外を見た。
まだ台風は去っていなかったが、先程よりは酷くはないし、死ぬ程ではない。
「ママ、レンリを迎えに行くね」
外に出たイチイは、静かに呟いた。
「happiness of the partpeople, by the partpeople, for the partpeople」