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Re: 理想郷 ( No.51 )
日時: 2010/07/23 21:25
名前: 金平糖  ◆dv3C2P69LE (ID: TQ0p.V5X)

第四話 

「……い!……ない!……なさい!……起きなさいレンリ!」
「痛っ!」

姉貴の平手打ちによって俺は無理矢理目を覚ました。
見ると自分は木乃に背負われている。
そうだ……寝てしまったんだ……
あれだけの事を数十分でやったのと、骨折したのを忘れて走ったりなんかしたから、頭と足はズキズキと痛んだ。

「この愚弟が!とっととその醜男から降りてヘルメット被りなさい、帰るわよ!」

雨に濡れた姉貴に無理矢理木乃の背中から落とされて、俺はヘルメットを頭に向かって投げつけられた。
急いでそれをキャッチし「あ、姉貴何で……」と、言いかける前に、

「アンタを迎えに来たの!とっととヘルメット被って、バイクに乗ってしっかり掴りなさい!」

今度は腕を引っ張られ、無理矢理外に連れて行かれた。
外は雨……台風が来ていて、よくバイクで事故にならなかったなと呟きながら俺は姉の後ろに座った。
何故か木乃がわざわざ外に出てきて「おい加藤姉弟、二人共明日から学校に来なくて良いからな」と俺と姉貴に言った。
俺はともかく何で姉貴まで……と言う前に、

「うるさいわねぇ!そんなの分かってるわよ!黙って自分のムスコしこってなさい!」

姉貴の口から余りにも失礼な言葉が出て来たので「短気過ぎだよ姉貴!」と言うと「包茎は黙ってなさい!」と女性の口からは出て来て良い物ではない言葉が投げられた。
カッとなって言い返そうとすると、突然前触れも無くバイクが動き出した。

「ちょっ!うわわっ!」

急いで俺は姉貴の腰にしがみついた。

「家に帰ったら覚悟しなさい」

今日も昨日みたいにボコボコにされるのかと思いながら、おそるおそる俺は姉貴に木乃が言ってた事を聞いてみる事にした。

「……あのさ、さっき木乃が学校来なくて良いって」
「えぇ。私、学校を自主退学したの。アンタは退学だけど、何故か自主退学扱い」
「何で姉貴が退学するんだよ!」

姉貴は眉を顰めながら「本当に今日はうるさいわねぇ、そう言うアンタこそ、なんでハッキングなんかした訳?」と刺々しい言い方で聞いて来た。
その問いに俺は地面を見ながら静かに「苛立ったから」と呟く事しか出来なかった。

「何に?ママには言わないから教えなさいよ」

話せば少し位は楽になるだろうか。
多分、姉貴は聞かれない限りは言わないだろうし、俺は母さんに聞かれたら言うしかないだろうから、しぶしぶ喋る事にした。

「理想郷在住権を取り消された」
「それだけで?」
「何故か万年二位の佐伯は在住権取り消されてない。木乃達は理由教えてくれないから自分で調べようとした」

姉貴は「ふーん」と半分納得したように言った後「パパが反政府活動に人生捧げちゃったのが原因かしら?」と小さく笑いながら言った。
父さんは俺が5歳の頃に家を出て行ったので、顔も全然覚えていない。
母さん曰く「パパは反政府活動に人生捧げちゃって出て行っちゃったのよー、でもねーパパは凄い家族思いで頭が良くてー、褒める所しかないのよー」と猫撫で声で、小さい頃から聞かされていた。
もし父さんが理想郷に行けなくなった理由だったら……
そう思いに耽っていると、唐突に姉貴が口を開き、

「……私、明後日には結婚するから」
「えぇ!?」

何の前触れも無しに言ってくるので、思わず口から変な声が飛び出した。

「知り合いの中国人のツテで良い人紹介してもらった」

とくに何の感情も見せず、姉貴は淡々と呟いた。

「そんな突然すぎだろ!母さんには話してんのかよ?つーか何?相手は中国人か!」
「ママには今日話す。相手はれっきとした日本人よ。年齢もそこまで離れてないし、顔も悪くない」
「姉貴まだ17じゃん!早すぎだし、唐突過ぎだし……」

「うるさいっ!!」

途中で遮られた言葉を俺は飲み込むしか出来なかった。
感情を昂ぶらせた姉貴の声は、いつもの落ち着いた声とは打って変わって、別人のようだった。

俺と姉貴の間に気まずい空気が流れた。
何か言わなければと言葉を捜している内に、いつの間にか俺と姉貴を乗せたバイクは家に着いてしまった。
バイクから降りる時、姉貴は「アンタのせいよ」と小さく呟いた。

「俺の……せい、かよ」

ふざけんじゃねぇ!と叫ぶ事も出来ず、かといって、すいませんねぇと謝る事も俺は出来ず、無言で玄関の戸を開け家に入った。
すぐに母さんが駆けつけて、心配したかのような口調で言った。

「お帰りなさい、二人とも心配したわ。イチイったらこんな台風の中で無理なんかして!」
「私は無理なんかしてないよママ」

そう言って姉貴は自分の部屋に走って行ってしまった。
母さんは俺と姉貴を交互に見た後、何の詮索もせず笑いながら「明日からレンリは枕木中学校に行くのよ」と言ってさっさとリビングに行ってしまった。
別に責められた訳でもないのに、俺はとても母さんと姉貴に申し訳ない気持ちになった。