ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 理想郷 ( No.72 )
日時: 2010/07/31 17:41
名前: 金平糖  ◆dv3C2P69LE (ID: FwQAM/tA)

「如月君……その、ありがとう」
「……れ、礼を言われるような事はしてねーし!」

その日から、ジュンイチと間宮は一緒に居る事が多くなった。
やんちゃ坊主のジュンイチと大人しくて、どこか女々しい間宮は、いつの間にか二人で足りない部分を補う関係、言わば親友となっていた。

「ジュンイチ君、下、下!犬の糞!」
「え……あぁ!セーフ!セーフ!これセーフだし!靴にちょんってしちまっただけだし!踏んでないし!」
「全く……ジュンイチ君はちゃんと地面を見なくちゃ」
「へへ……間宮が居てくれてよかったぜ」

ツヨシやその取り巻きは、親から「ジュンイチ君をいじめる、ましてや暴力なんて絶対駄目」と、きつく言われ、必然的に間宮は弄られる事も無くなった。

その翌年の2033年……
二人は中学生になった。
嬉しい事に、二人は同じクラスとなった。

そして、理想郷の完成。
それを引き金に、二人は親友とは言えなくなる関係になってしまった。

理想郷が完成して半年、理想郷に行ける者が限られているのを知った者達が抗議や反発を始める。
如月家はまだ理想郷に行く予定は無く、限界までヘルに住む予定だった。

「テレビ……理想郷の事でずっと持ちきりだね……」
「そーだよなー……あーあ、俺、お笑い番組が見てぇー」

ジュンイチは机に突っ伏しながら言う。

「おい如月」

何者かがジュンイチに声を掛ける。
低く擦れたその声で、すぐにジュンイチはこの声は奴しか居ない!と後ろを振り向きながら、

「なんだよツヨシ」

中学一年生にして高校生をも凌駕させてしまう程の体格、筋肉によって構成された丸太の様に太い腕と足、分厚い胸板……
ツヨシは中学一年生にして、誰もが恐れる喧嘩番長となっていた。
ツヨシとジュンイチは別のクラスで、普段会話する事は全く持って無かったので、ジュンイチは何故話し掛けられたのか分からなかった。

「おめぇ、」

何人もの人間を病院送りにした喧嘩番長ツヨシの質問に、教室に居た生徒全員が耳を傾ける。

「理想郷にいつ行くんだ?」

その質問は、受け取り方によっては失礼になる質問だった。

「……俺が理想郷行く事前提かよ」

ジュンイチはその質問にとくに何も感じず、思った事をそのまま口にする。

「だっておめぇの親、社長だろ?金沢山持ってんだろ?何で居るんだよ」

最後の言葉にジュンイチは眉間に皺を寄せる。
何で居るんだよ?
俺がここに居ちゃ駄目かよ。
ジュンイチはツヨシを睨みつける。
いつの間にやら間宮もツヨシを邪険そうな目で見ている。

「知っててもお前何かに言う必要はねぇし!とっとと教室へ戻りやがれ!」

ジュンイチは立ち上がり、ツヨシを指差しながら怒鳴る。
ツヨシは親に言われた事を思い出し、しぶしぶ教室を出て行く。

Re: 理想郷 ( No.73 )
日時: 2010/08/01 11:04
名前: 金平糖  ◆dv3C2P69LE (ID: FwQAM/tA)

「何なんだよアイツ……」

ケッ、と言いながらジュンイチは椅子に再び座る。
間宮は……

「ジュンイチ君もいつか、理想郷に行っちゃうの?」

その表情は不安げで、しかしジュンイチはそれを小さく鼻で笑った後、

「そんな顔すんなよ……大丈夫、親父は限界までここに住むって言ってるし、
 もし俺が行っちまったとしても時々会いに来る位はしてやるよ」
「……うん」

間宮の顔に安心の色が浮かぶ。
だが、時に運命は残酷で、

「ジュンイチ……突然の事で申し訳ないんだが、来週には理想郷に行く事になった」

……え?

「本当にすまないと思っている、だが工場が地震で全壊してしまってなぁ……
 ヘルに立て直してもまたすぐ壊れるだろう?だから、しょうがないんだ」

しょうがないって……限界までここに住むって行ったじゃん!

「来週だから、荷作りをすぐに始めときなさい」

無視すんなよ!親父!親父!

父は反発の声を聞こうとすらせず、予定通りに来週、ジュンイチは理想郷へ行く事になった。

「知っている人も居るかもしれませんが、ジュンイチ君は明日、理想郷へ行く事になりました」

なんで言ってくれなかったの?明日なんて……

ジュンイチも間宮の声を聞こうとすらしなかった。
いや、聞く事が出来なかった。聞けなかった、しょうがなかった。

「如月様ですね、はい……そちらは■■の息子さんで?」
「それが何か?」

理想郷への手続きの途中、父の顔が突然深刻そうな顔に変わる。
女性は絶対に崩さぬ営業スマイルで、

「如月ジュンイチ様のみ、理想郷に行く事は出来ません」

無機質な機械音の様な声で、女性は淡々と言い放った。
ジュンイチは目を大きく見開かせる。