ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ

Re: 理想郷 ( No.78 )
日時: 2010/08/03 19:51
名前: 金平糖  ◆dv3C2P69LE (ID: FwQAM/tA)

第六話

マリンは顔をしかめ、叫んだ。

「信じられないわ!こんな愚民共のせいで私の予定が滅茶苦茶にされるなんて……!」

その理由はテレビ番組の大幅な予定変更によってで、その程度でマリンは大人気なく叫んでいる。
彼女が見る筈だったドラマ番組は、それの前にあるニュース番組の途中に、遊楽都市開設反対の反政府組織と政府軍の戦闘が始まった事により、急遽延長をして特別番組に変更をされた。

「お嬢様、お気を確かに……」

メイドがマリンを窘めるが、機嫌は良くなるどころか余計に悪くなり、

「黙りなさいこの……愚図!アンタじゃ話になんないわ!面白い物……セイイチを出しなさい!」
「は、ははい、ただいま!」

メイド急いで部屋を出ようと振り向いた矢先、丁度良くセイイチが乱暴に扉を開けて部屋に入ってくる。
いつも礼儀正しく丁寧なセイイチが乱暴に扉を開けたので、何事かとマリンとメイドは目を見張る。

「お嬢様、お母様がお呼びです……すぐに来て下さい!」

セイイチの肩は大きく上下をしており、額からは滝のような汗が流れ出ている。
只事ではないと感じたマリンは急いで母の元へ向かう、セイイチもそれについて行く。
一人部屋に残されたメイドは、何が何だか分からず部屋の中で呆然とし、何をすれば良いか分からないので、それとなくテレビを見てみる。
丁度VTRの途中で、政府軍と反政府軍の戦闘が上空から撮影されている。
メイドは「ヘル……ましてや日本の事なんて映す必要ないと思うんだけど」と呟く。

マリンも先程のセイイチの様に乱暴に扉を開け、

「どうなさったのですかお母様!」

扉を開けた途端、マリンを戦慄をする。
部屋は暴れたのが一目で分かる程荒れ、その部屋の隅で泣き叫んでいる母の顔は青白いを超えて真っ青になり、髪はボサボサとなっている。
普段は美しくある事を大切にしている母の姿、その醜い姿は正しく山姥の様であった。

「マリン……マリン……私の可愛いマリン……」

マリンの母はマリンに抱きつき、おいおいと泣き出す。

「お母様……一体何が……」

自然とマリンの顔にも不安の色が浮かぶ。
しかし母は泣くだけで何も喋ろうとはせず、マリンは何が起こっているのか分からず、ただ混乱するしかなかった。
見かねたセイイチがそっとマリンに耳打ちをする。

「ご主人様が社長では無くなりました、そして、お金を全部持ち出してどこかへ逃げてしまいました」

感情の無いセイイチの声は、規則正しい機械音の様に何も感じられなかった。
マリンは驚きの声も上げれず、口をぱくぱくと金魚の様に動かす。
現実を受け入れる事が出来ずマリンは「嘘よ」と呟く。

「嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ嘘よ……」

ガリガリとマリンは自分の頭を掻き始める。
血が出ようとも構わずに彼女はガリガリと自分の頭を掻き続ける。
ブチブチと髪の抜ける音がしようと、それを周りに居る使用人達は止めようとせず、ただ呆れた様子でそれを見つめる。

カランッ、と何かが床に落ちる音がした後、メイドの一人が部屋を出て行く。
メイドが床に落としたのは先程まで部屋の掃除に使っていたモップだった。
それに続くように他の召使達も部屋を出て行く。
セイイチも二人を一瞥した後、足早に部屋を出て行った。



もう、自分は貴方方に仕えていません。
家の主人が居ない、金も無い今、使用人達はこの家に使える必要が無くなりました。

養成学校に通っていた者は、ある程度の信用が有るのですぐに次の仕事が見つかるだろう。
しかし自分は……

「セイイチ君はどこか行くアテは有るのかい?」

その質問に自分は黙って首を横に振る。
自分は雇い主が居たから使用人として働けていたので、雇い主が居なければ学歴も資格も無いニートと何ら変わりが無かった。
その上自分は孤児だったので、身分証明を出来る物すら無い。
それを知っていたのか、メイド長は普段は余り会話をしない自分に話しかけてくる。

「セイイチ君は英語が上手だし、日本語も分からない訳ではないんだろう?」
「少し位なら……」

メイド長は手を叩き、すぐに紙にボールペンでサラサラと何かを書き始める。

「良かったわ、それなら大丈夫ね……ほら、これ」

渡された紙には住所が書かれており、「有難うございます」と、自分はそれをよく見る前にお礼を言った。

「別に良いわよ、電話は私がしておくからね」

そう言ってメイド長はすたすたと使用人部屋に向かって行く。
生まれてこの方必要最低限の私物しか持たなかった自分には、荷作りの必要はほぼ無かった。
せいぜい自分の私物と呼べる物は、仕事用の執事服数着と靴、ついでに髪を束ねる輪ゴムのみで、すぐにどこにでも出発をする事が出来る状態だった。
そこまで遠い場所でなければ、今日のうちに行こう……
そう思いながら見た住所は、アメリカ国内ではなく日本の住所で、自分は困った。
自分には身分証明になる物が無く、当たり前の様にパスポートも無いので、外国には行く事は出来ないのだ。
はぁ、と溜息をついた後、紙を半分に折り畳んだ時、

「ん?」

裏にも何か書かれている。
もう一回紙を広げてそれを読んで見ると、自分の中に驚きと希望が湧いた。

『中国系アメリカ人のリーリン・チャンの所へ行けば偽造パスポートで日本に行けます。
 頑張るのですよ』

その下にはアメリカ国内、ラン・アウェイの中の住所が書かれていた。
偽造パスポートが犯罪なのは知っているが、かと言ってこのままだと自分は路頭に迷う事になるだろう。
行くしかない……その紙をまた折り畳んでポケットに入れ、早速住所の書かれている場所へ向かう為に自分は屋敷を出る。
庭にはすでにあの庭師の少年の姿は無かった。
自分は振り返り、屋敷を見る。

どんな場所でどんな環境であろうと、ここは自分が21になるまで居た場所だった。
気付いたらここで働いていた。
周りから「セイイチ」と呼ばれ、いつの間にか自分がセイイチであると知った。
心の中でどう思っていようと、それを周りに見せた事は無かった。
お嬢様が生まれた時、何だか妹が出来たみたいで嬉しような気持ちになったのを今でも覚えている。

自然と涙が溢れ出て来る。
大粒の涙が一つ、頬を伝った。
急いでそれを袖で拭き取り、前を向いて走り出した。

振り返っちゃ駄目だ。

開けた門を閉めず、何も考えずに自分は走った。
そして……

「さよなら、自分の育った家」

口だけそう動かし、走る速度を上げた。

Re: 理想郷 ( No.79 )
日時: 2010/08/06 12:55
名前: 金平糖  ◆dv3C2P69LE (ID: FwQAM/tA)

「くっくっく……はっはっはっはっはっはっは!」

掃除のされていない汚れた、ゴキブリが我が物顔で歩き回る男子トイレの一室で、レンリは声高々に笑う。
レンリの膝の上には黒色のノートパソコンが置かれており、その画面上にはたった今更新されたばかりのニュース記事が映されている。

『ユートピア社、マイケル・デイアス社長が会社の金を根こそぎ持って逃亡!?現在行方不明……
 逃亡後、脱税・不倫が発覚!?それと一緒に会社株大暴落!』

まさかここまで上手く行くとは……
くっく……と、込み上げて来る笑いを必死に堪えながら、レンリは別のサイトを開く。
開いたのは日本最大のサイト、Xちゃんねる。
そこには既に先程の事が話題になっており、画面を埋め尽くすコメントの殆どがマイケル・デイアスに対する『ざwまwぁwみwやwがwれwwww』や『メシウマktkrwwww』等の歓喜の言葉が綴られていた。

「ヘルの人間を馬鹿にした態度がムカつくんだよ……親の七光りめ」

マイケル・デイアスは筋金入りの差別主義者で、有色人種とユダヤ人の差別は当たり前、それと一緒にヘルに居る人間への差別も酷く、しかしながらも彼の会社の製品は文句が言えなくなる程の物で、その事にレンリは腹を立てていたので、ハッキングを実行した。

すべて親の七光りで、全部親が作った物なのに何故お前が自慢をする。
俺は親の七光りが一番嫌いなんだ、良い練習台にでもなりやがれ!

そう思いながら始まった。
最初は練習も兼ねてのユートピア社のハッキングだった。
前回はハッキングだけに集中していて、逆探知の事をこれしきも気にしていなかったので、今回は逆探知をされないように気をつけ、感情だけで動かずに冷静に落ち着いた行動を取った。
ハッキングは逆探知を気にしたのもあって一時間にも及んだが、無事成功をしたレンリはある事に気がついた。

コイツ脱税してやがる……

色々と見て行くうちに監視カメラの映像も見つけ、そこには何と秘書と不倫をしている姿が映されていたので、レンリは笑い転げ、脱税や不倫の事を流失させた。
それに気付いた社長はすぐに止め始め、その隙にレンリはユートピア社の株を下落させて倒産寸前にまで追い込む。
レンリは下落した株を買取し、五千万の利益を得る。
そして社長が逃亡し今に至る。

「俺より劣ってるのに理想郷に居るのが悪いんだぜ、あー傑作傑作……」

やっと落ち着いてきて、笑いを堪える必要が無くなったレンリは立ち上がり、トイレから出ようとする。
トイレの個室から出たと同時に「ドゴオオオォォォオオオオン!!」と、大きな爆発音が響く。

「なっ!?」

外からだった。
急いでレンリはトイレの窓を開けて外を見る。
そこまで遠くない場所に何台もの戦車があり、レンリは戦闘が行われているのが一目で分かった。

「政府軍とあの戦車は……Memory of the battlefield」

遊楽都市開設の事を知らないレンリは、何故戦闘が行われているのか分からなかったが、興味深そうにそれを見つめる。
それも束の間、突然地面が揺れる。地震だった。
震度はかなり高く、レンリはトイレの地面に叩き付けられる。

枕木中学校は建物はゴミ屑以下だから、気をつけるのよ。

今朝姉の言っていた言葉を思い出したレンリは、すぐに体を丸めて頭を守る。
地震は弱まるどころかどんどん強くなって行く。

パリーンッ!!!

硝子の割れる音と共に、きらきらと太陽に反射し光る硝子の破片がレンリに降りかかる。
破片の一つがレンリの腕を切り付け、鋭い痛みが彼の体を走る。

それから数十秒後、地震はやっと収まり、レンリは安心した顔で松葉杖を拾って立ち上がる。
傷は大した傷ではなく、ほんの掠り傷程度だった。
窓の外を見ると、すでにMemory of the battlefieldの戦車は撤退をしていた。
レンリは残念そうな顔をした後、トイレから出て行った。

Re: 理想郷 ( No.80 )
日時: 2010/08/06 13:50
名前: 金平糖  ◆dv3C2P69LE (ID: FwQAM/tA)

暗い部屋の冷たい床にマツワは寝転がり、体を丸める。
部屋には脱ぎ散らかした服が無造作に置かれ、ベッドのシーツは皺だらけになり、机には教科書や漫画本、借りっぱなしのノートが散乱している。
ここはマツワの部屋で、部屋の主であるマツワは、散らかっている自分の部屋を片付ける気にはどうしてもなれなかった。
そうして行く内に部屋はどんどん散らかり、汚れていく。
今マツワの枕状態となっている布は、先程まで彼女が着ていたキャミソールとパンツ、タイツだった。
全裸の状態のマツワは自分の膝をただ見つめている、だが突然何かを思い出したマツワはもぞもぞと動き、ある物を手に取る。
手に取ったのは白色のキャスケット帽子で、マツワはそれを大事そうに抱きかかえる。

その帽子は母の帽子だった。
母はプロレスリングの選手で、マツワが生まれて数ヶ月後の引退試合でポールから足を滑らせ、勢い良く頭から落ちて即死をした。
そんな母がいつも被っていた帽子は、マツワにも母がいた唯一の証拠であり、宝物であった。
マツワはいつも決まって寂しい時に母の帽子を抱きかかえる。

寂しさの理由はイチイの突然の理想郷行きと意味の無さそうな結婚だった。
マツワと彼女は実は小学校一年生の頃から同じクラスの腐れ縁で、全く趣味も性格も合わない二人は嫌でも互いを知る事となっていた。
彼女自身にとっては、馴れ馴れしくて勝気なイチイはあまり好ましい人間ではなかった。
しかしながらも体育の授業とかで二人組み作る時、クラスに友達と呼べるものが居らずに一人になるマツワに一緒に組もう、といつだって彼女は誘ってくれた。

——イチイさん、何で私なんかと一緒にいるの?
——……じゃぁ何でマツワは生きてるの?

質問を質問で返してくるような女だった、性格だって悪かったし、意味不明な行動をとる事だって有った。
しかし嫌いではなかった。
だから突然イチイが居なくなってしまうのは、マツワの心の中にぽっかりと穴を開ける。
そして追い討ちをかけるかの様に、まだ五分前のユカリからのメールがマツワの心を抉る。

『妹が理想郷に行く事になった、私も行く事になる』

こんなのあんまりだよ。

唯一の友達さえも理想郷へ行く事が決まり、マツワは泣く事すら出来ずに放心状態に陥った。

何故理想郷に全員が住めない?こんな事になったのは誰のせいだ。
分かってる。全て全て、頭の悪い無能な政府のせいだ。
そうさ、理想郷さえなければ良いんだ。
理想郷さえなければ……

マツワは勢いよく立ち上がり、先程まで枕状態となっていた下着を踏みながら、適当にそこいらに放り投げられていた灰色のワンピースと薄桃色のガーディガンを着て、最後に母の帽子を被って部屋を飛び出した。
玄関でサイズの合わないスニーカーを履いて、マツワは家の扉すら閉めずに走り出す。

下着を着ないせいだ、体中がスースーとして変な感じだ。
だけど、今はそんなの関係ない。

私は偽者の理想郷を打ち壊すんだ。
そして本物の理想郷を作り上げてみせる!