ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: かなりあ ( No.2 )
- 日時: 2010/07/20 18:52
- 名前: しゅがぁ.こむ ◆xP0V8Tcjck (ID: laYt1Tl.)
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二人暮らしには広いリビングで一人の少女が立ち上がる。
いかにもスポーツマンと言わんばかりのショートヘアーに、可愛らしいフリルがついたワンピース。……十月だというのに、肌寒くはないのかと疑問に思う。そして、実年齢十六歳には見えない小ぶりな体系。そのファッションと小さな体は小学生を連想させるが、当人に言うと赤い顔で怒るのだ。
それとは反対に俺はいたって地味なファッションに、メガネという装備。オプションにインドア派というものをぶら下げている。兄妹なんてそんなもんさ……違いは出るだろ?
「あー。あー。ご……ごほんっ! 二十三番、結……歌いますっ! ——」
いつものように、本当に毎日のように聞き続けている歌声。
ここ、藍川家の長女……そして俺の一歳違いの妹である結は、歌うことが大好きだった。なんでだと俺が聞くと、結は毎晩のように俺が歌っていた子守唄が好きで、そんな子守唄が歌ってみたいと言い出し練習を始めたという。……まぁもっぱら練習相手は俺だ。今度オーディションだったかがあるらしく練習にも力が入っている……と俺は思う。
「……ふぅ。き、恭にいッ! ……ど、どうだった……かな?」
本名、藍川恭介。それが俺の名前なんだが……いつからだったか、お兄ちゃんから恭にいと呼び方が変わったのは。
歌い終わった妹が感想を求めてきた。そんなこんなでまだ緊張が解けないんだよな、結は。
「うーん……、まず肩の力抜くこと、かな。俺の前でも緊張してるようじゃ一次もやばいんじゃないか?」
甘やかして失敗するより、多少厳しく注意してやった方が本番で悔いが残らんだろう。
「う……そ、そりゃそうだけどさぁ……」
はぁーと大きなため息を吐き出し、床に仰向けになる我が妹。オーディションまであと一週間だもんな……そらため息もつきたくなるか。
「さて、今日はもう寝なさい。てか宿題終わってないんだろうがっ」
こつんと頭に握りこぶしをぶつける。
「あだっ! ……はいはい! やりますよーっと。んじゃ、おやすみ恭にいー」
「おう、おやすみ」
妹は俺に顔を見せず、片手をひらひらさせて自室を出て行く。……どこぞの刑事だ、お前は。
さて、これが毎日の光景だ。それにしても頭固くなったかあいつ……、以後叩くのはやめておくことにする。
……そんなことよりも、だ。なぜ俺が妹に子守唄なんかを歌っていたのか、どうしてこんなにも妹に世話をやいていたのか……、それには深いわけがある。俺はソファーの背もたれに体重を預け天井を仰いだ。
「お袋……俺にあいつの親代わりが務まるのか?」
親父は娘の顔を見ることなく他界……病死だった。お袋は結が生まれ、小学校に上がると同時に事故に遭い病院で寝たきりの状態となっている。なんでも首から下が麻痺してしまったらしく、今は首から上がやっとこ動くくらいだ。声は出せるし、喋れるのが唯一の救いってとこか……。
だが、家事全般や、身の回りのことすべて俺がしなければいけないという問題が残った。そのため俺はなんとか自分も力になりたいと思い高校を中退した。そして毎日のようにアルバイトに励んでいる。
「ま、住む家があるのも感謝だよな……。そこんとこは親父に感謝、か」
運が良いのか悪いのか……親父は、一軒家を俺らに残してくれた。ローンも返済しているらしく、金銭の負担が軽減した。あ……仏壇の花変えないといけんな。
「悩んでても仕方ないってか……っと」
俺は立ち上がり、ぐーっと伸びた。
さて……、今日の仕事はすべて終了。妹は後三十分もすれば寝るだろう。なんでもボイトレだかなんだかをやってるらしい。俺も寝ないといかんな……、もう二十二時を回っている。さすがに新聞配達はさぼるわけにはいかない。
戸締りを確認し、リビングの電気を消し、俺も自室へと向かう。そして、ちらっと携帯をチェックし、布団へと潜り込む。あとは明日の朝を待つばかりだ。
俺は目をゆっくりと目を閉じ、心地いい暗闇へと身を任せた。もう子守唄を歌わなくても一人で寝れるようになった妹と、まだ子守唄を歌ってあげていた頃の妹を照らし合わせながら——