ダーク・ファンタジー小説 ※倉庫ログ
- Re: 黒夜叉伝記 ( No.1 )
- 日時: 2010/07/19 14:38
- 名前: るりぃ (ID: P.N6Ec6L)
Scene1『飛びました』
世間一般でいう暦では、初夏。
世の学生たちが、夏休みという一大イベントを満喫する時期である。
「おーい、そろそろ行くぞー!」
「はーい!!」
顔にかかる黒髪を手で払い除けながら、背負った斜めのスポーツバックを調節しつつ、玄関から家の中に向かって声を張り上げる。
子供特有の高めの声の返事に笑みがこぼれる。
元、伝説の忍。紅 冷嘉。
彼女が手にした鍵がじゃらじゃらと鳴ると、玄関に駆けてくるのは快活そうな短い黒髪に黒目の整った顔。
「冷嘉姉っ!僕のケータイは?」
「持った持った。携帯は外に出たらな」
烏魔家長女、烏魔 蓮。
一見少年にしかみえない彼。実は少女なのである。
冷嘉は連に適当に返事を返すと、今時めずらしいガラスの引き戸の鍵を閉めると宣言した。
「そんじゃ、出発!」
「おー!!!!」
———……したはずだった。
(ここは…?)
冷嘉はゆっくりと状況を把握してみる。
(おかしいな…)
ワアーッ、と地面まで揺るがしていそうな雄叫びが空気を震撼させている。
首を巡らすと緑が色濃い山の中で、軍服を着た人たちが刀や槍を片手にそこかしこで打ち合っているのが見えた。
(何故だ? 我が家も大概山奥だが、ここまで広い野原なそない。しかも一人でなんかこな……え?)
ひ と り ?
冷嘉は己の置かれた状況よりもとんでもないことを理解する!
そこに運悪く、刀片手に二、三人の男が冷嘉に向かって斬りかかってきた。
「殺せ殺せえええ! 一人でも多く倒して名を上げろおおお!!」
「おぉおおおおおっ!」
奇妙な格好をしていても、戦場に居るのならば倒す敵。
気合いともとれる掛け声と同時に刀が冷嘉の肩に沈む———はずが、ガツッと刀が土を喰ったのを見た瞬間、男は横っ面を殴られて吹っ飛んでいた。
吹っ飛んだ男が先程までいた場所には拳を固めたままの冷嘉の姿。
続いて繰り出される刀を裏拳で叩き退かし、男の顔面に正拳突き。
メキッと嫌な音を立てた鼻を押さえて男が両膝を着き呻く。
3人目の男が横に凪いできた槍を屈んで避け、その姿勢で懐に入ったところで腰をひねり全体重をのせた拳でアッパーをかました。
「あがっ…!」
「鼻! 鼻が痛ェ!」
完璧にキマまったアッパーに、3人目の男がその場に倒れる。
そいつを踏み台に、正拳突きを食らい、未だ喚いている男の胸倉を掴んだ冷嘉は据わった目でドスの効いた声を出した。
それはさながら夜叉の如く。
「…おい、頭は誰だ?」
「ひいっ! やめっ、命だけは助け、ぎ…ッ! あッ…」
「五月蝿い! お前は聞いたこと言えばいい! わかったか!? 頭は!?」
「ぐっ…、ぁ、あっち…あっちの中央陣に…」
「チッ」
折れた鼻にもう一度拳を繰り出し、鼻血を出した男を容赦なく揺さ振った冷嘉は、答えを聞くと男を放り出し、舌打ちをした。
周りを見るかぎり、今伸した男たちのような輩の大群。
刀や杖を振り回しながら戦っている。
…こんな中にあの小さな蓮がいると思うと、いてもたってもいられない。
例え、自分の置かれた状況に疑問を抱いたとしても。
優先事項は決まっていた。
「こんな危ないところではぐれるなんぞ、堪ったものではない! あれほど迷子になるなと教え込んだはずだ!」
纏う空気はもはや般若。
「こんなごちゃごちゃしてては、探せるものも見つからない!…面倒だ。叩き潰す!!」
少々キレどころがずれている冷嘉は、現役よろしく軽々と樹に飛び移ると、音もなく枝を蹴って中央軍に向かって走り出した。
To be contineu…